高騰する大学授業料 無償化は現実的なのか?
いよいよ9月。新学期の季節になりました。張り切って大学生活を始める方、そんな学生を子供に持つ親御さんもいらっしゃると思います。
さて、ここ数カ月、イングランドの大学の授業料問題がまたクローズアップされています。6月の総選挙で、野党・労働党が上限額が年間9000ポンド(約128万円)となっていた大学の授業料を「撤廃する」と掲げたことがきっかけの一つです。これが若者層に強くアピールし、労働党の得票に大きく貢献したと言われています。ただし、選挙後の7月、コービン労働党党首はBBCの取材に対し、学生が抱える負債を「減らすよう努力する」と言ったが「授業料を全廃するとは言っていない」と述べているのですが。
日本では、政府が教育無償化の一環として、大学の授業料を一旦、国が負担し、卒業してから所得に応じて返済する「出世払い」を導入するための検討を今月から開始しました。この出世払い案を既に実践しているのが英国です。今回は、英国の大学(その大多数が国公立)の授業料体制と問題点に注目してみます。
まず、英国では地方によって授業料の上限の金額が異なります。イングランドの大学では、今秋の新学期から学費の上限が年間9250ポンドになりました。スコットランドでは上限が1820ポンドですが、自治政府が授業料を肩代わりする形で、スコットランドの学生及び欧州連合(EU)出身者は無料で勉強できます。北アイルランドの上限は4030ポンド、ウェールズでは9000ポンドです。ただし、それぞれの地方以外の出身者は上限が9250ポンドになります(ウェールズのみ、9000ポンド)。
以下、イングランドの大学の授業料を中心にこれまでの経過を見ていきましょう。
元々、大学授業料は1997年まで無料でした。全額を税金でカバーしていたのです。でも、大学進学率が上昇し(現在約40%)、大学側も最高の設備と教授陣をそろえるため、授業料値上げを望むようになりました。そこで、まずは上限1000ポンドまでが課されることになったわけですが、これでは十分ではありませんでした。2006年に上限3000ポンドに引き上げられ、12年には9000ポンドに。そして、インフレ率の上昇を反映して、今秋からは9250ポンドにまで上がってしまいました。
学生は、入学時にこの金額を払うわけではありません。在学中は払わず、卒業後に「授業料ローン」と「生活費援助ローン」を返済する仕組みとなっているからです。出身家庭の貧富の差にかかわらず高等教育の場で学ぶ道を確保するための仕組みですが、卒業後に大きな負債を抱え込むことになり、学生にとっては気が重い体制になりました。ローンの金利は現在6.1%で、シンクタンクの財政問題研究所(IFS)の試算によりますと、3年間の学部課程を終えた学生は5万800万ポンドの負債を抱えることになるそうです。卒業生がローンの返済を開始するのは年収が2万1000ポンドを超えた時点で、所得から一定額が差し引かれてゆきます。30年間支払うと、残金がいくら残っていても支払いは不要となります。
1980年で大学入学者は6万8000人いましたが、今秋は50万人以上に増えました。これからも大学進学率は上昇する見込みで、インフレ率とともに授業料は上がるため、卒業後の負担が学生の肩に重くのしかかってゆきます。IFSの試算によれば、学生の75%がローンの全額を返済せずに終わるそうです。
仮に授業料を撤廃したとすれば、その分は税金で賄うことになりますが、大学に進学せず低所得の職に就いている人が、自分よりも高い報酬が得られる職に就くことが確実な大学生の授業料を負担する体制は、社会の公正さという面から見て、どうでしょうか。また、撤廃後に税金で負担する金額は最大で110億ポンドにも上ると言われています。授業料をどのように誰が負担するべきなのか、次期総選挙に向けて大きなテーマの一つになってきました。