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ジャパンダイジェスト
Sa. 06. Jun. 2020

コロナ対策にも悪影響?憲法裁による違憲判決の衝撃

欧州諸国が新型コロナウイルスとの闘いを続けるなか、5日にカールスルーエの連邦憲法裁判所が下した判決は、欧州連合(EU)全体を揺さぶる激震となった。

5日、カールスルーエにある連邦憲法裁判所の様子5日、カールスルーエにある連邦憲法裁判所の様子

ユーロ圏の足並みを乱す判決

憲法裁は、「欧州中央銀行(ECB)がユーロ圏の金融緩和政策として、2015年以来PSPP(公共部門購入プログラム)の名の下に2兆ユーロ(240兆円・1ユーロ=120円換算)を超える国債を買い取ってきたことは、市民の財産権を侵害し、ドイツの憲法に部分的に違反している」という判決を下した。経済大国・ドイツとEUの対立をエスカレートさせ、コロナ危機で苦戦するユーロ圏諸国の足並みを乱すことは確実だ。

「金融緩和策が市民の財産権を侵害」

EU首脳とECBにとって、この判決は寝耳に水だった。PSPPは、ECBが2009年に表面化したユーロ危機の後遺症を緩和し、加盟国の景気を下支えするために、各国の中央銀行と共に行ってきたものだ。ECBは国債を買い取ってユーロ圏に膨大な流動性を供給することにより、ユーロ圏の物価上昇率を2%まで引き上げることを目指していた。

ECBの総裁だったドラギ氏は2012年に「ユーロを守るためには、どのような方法も使う」と公言し、債務危機を鎮静化させることに成功。だが歴史上例のない超金融緩和政策は、重い副作用も生んだ。憲法裁によると、PSPPはユーロ圏内の金利水準を低下させたため、市民の生活に多大な悪影響を与えた。これまでもドイツでは「低金利政策で、老後の備えが大幅に減った」という不満が強まっている。

連邦政府、議会をも批判

憲法裁の裁判官たちは、「PSPPの目的に比べ、市民が受けた不利益はあまりにも大きかった。しかし連邦政府、連邦議会も国債買取りによる市民生活への悪影響が大きくなっていることに対し、手を打たなかった」と指摘。「ECBの国債買取りプログラムは、国民の基本権を侵害しており、部分的に違憲」と断じた。

ちなみに連邦銀行(ブンデスバンク)も、他国の中央銀行と共にPSPPに加わっている。憲法裁は、「今後3カ月以内に、ECBがPSPPの利点と市民への悪影響の間で均衡が取れていることを納得できる形で説明しない限り、ブンデスバンクがECBの国債買取りに参加し続けることは許されない」と釘を刺した。

初めて欧州司法裁の判決に異論

今回の判決の中で特に注目される点は、ドイツで最も権威のある裁判所が、EUで最も重要な裁判所である欧州司法裁判所に「楯突いた」ことだ。2018年に、欧州司法裁は「PSPPはEU法に照らして合法だ」という判決を下していた。だが憲法裁は今回の判決の中で、「欧州裁の判決は誤っており、全く理解できない」という厳しい言葉で批判。ドイツの憲法裁が欧州司法裁の判決と食い違う結論に達したのは、戦後初だ。

今回の判決は、ECBのドラギ前総裁の「いかなる方法でもユーロを救う」という発言に対する、ドイツ司法部の痛烈な批判だ。今後ユーロ圏では、市民の財産に十分配慮しない限り、ECBが加盟国を支援するために無制限の資金投入を行うのは難しくなるだろう。

EU、仏伊は判決を厳しく批判

一方EUは、憲法裁の判決に強く反発している。欧州委員会では、「今回の判決は、EU法が各国の国内法に優先するという事実を無視し、ECBの独立性を否定するものだ」という意見が強まっている。フォンデアライエン欧州委員長は、ドイツに対しEU条約違反の疑いで調査を検討していることを明らかにした。

また欧州司法裁は、5月5日に異例の声明を発表。「EUに属する機関の行為がEU法を侵害していないかどうかを判断する権限を持つのは、欧州司法裁だけである。EU加盟国の裁判所がこの権限を疑問視することは、EUの法的な統一性を脅かす可能性がある」と指摘した。つまりEU側は、「EU法は各国の国内法を超越して適用される法律であり、ドイツの憲法裁にはECBの政策を違憲と判断したり、欧州司法裁の判決を批判したりする権利はない」と主張しているのだ。

コロナ危機下の国債買取りにも悪影響か

このコロナ危機で、ドイツはほかの欧州諸国から尊敬されていた。ドイツの病院は、ピンチに陥ったイタリアやフランスの病院から重症者約150人を受け入れ、命を救っている。だが、今回の憲法裁の判決はその状況を一変させた。フランスやイタリア政府の閣僚たちは「EU法はECBの独立性を保証しており、欧州司法裁の判決は全加盟国に対する拘束力を持つ。ドイツの憲法裁の判決は、EUの安定にとって百害あって一利なしだ」として、怒りを露わにしている。

ECBはコロナ危機が景気に及ぼす悪影響を減らすために、7500億ユーロ(90兆円)を投じて、加盟国の国債や社債を買い取る方針だ。憲法裁の判決は、このコロナ対策を禁止するものではない。だが憲法裁がECBの国債買取りを批判したことは、コロナ危機をめぐるEUの結束にも大きな影を落とすことだろう。

三権分立を重んじるメルケル政権は、憲法裁の決定に介入できない。しかしドイツ政府はコロナ危機下で、EUとの関係を悪化させることもできない。ロックダウン緩和や雇用対策などで手一杯のメルケル首相の肩に、また一つ重荷が加わった。

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ。早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。ワシントン支局勤務中に、ベルリンの壁崩壊、米ソ首脳会談などを取材。90年からはフリージャーナリストとしてドイツ・ミュンヘン市に在住。過去との対決、統一後のドイツの変化、欧州の政治・経済統合、安全保障問題を中心に取材、執筆を続けている。著書に「ドイツの憂鬱」、「新生ドイツの挑戦」(丸善ライブラリー)、「ドイツ病に学べ」、「住まなきゃわからないドイツ」、「びっくり先進国ドイツ」(新潮社)など。
http://www.tkumagai.de
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