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SPDショルツ候補の急上昇 三党連立交渉は難航か

「連邦議会選挙がこんな展開になるとは、夢にも思わなかった」。2日、ヘッセン州のブフィエ首相(キリスト教民主同盟・CDU)は、ため息をついた。彼を当惑させている選挙戦の混乱は、ドイツ公共放送連盟(ARD)が同日に発表した政党支持率調査の結果にはっきり表われている。

7日、ARDのテレビ番組「Wahlarena」に出演したショルツ氏7日、ARDのテレビ番組「Wahlarena」に出演したショルツ氏

終盤戦にSPD支持率が爆発的な伸び

社会民主党(SPD)は、支持率を前月に比べて7ポイント増やして25%を記録し、首位の座に躍り出た。わずか2カ月前には、誰も予想していなかった事態だ。これに対しキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)は支持率を前月比で7ポイント減らして20%、緑の党も3ポイント減らして16%に下落した。CDU・CSUの支持率は、過去最低の水準である。

第2ドイツテレビ(ZDF)が3日に発表した、各党の首相候補に対する支持率調査でも、回答者の70%が「SPDのショルツ候補は首相になる適格性がある」と答えた。これに対しCDU・CSUのラシェット候補については、適格性ありと答えた人の比率は25%、緑の党のベアボック候補については23%にとどまり、ショルツ氏に大きく水を開けられている。

63歳のショルツ氏は、オスナブリュック出身。ハンブルク市長、SPD幹事長、第1次メルケル政権の労働社会大臣、第4次メルケル政権の副首相兼財務大臣などを歴任。3人の候補の中で最も中央政界、地方政界での実務経験が豊富だ。そして、他候補に比べ失点が少ない。党内では中道穏健派・実務派として知られ、シュレーダー政権の改革プログラム「アゲンダ2010」を支持した。

ラシェット氏の「笑い」が足かせに

比較的好調だったCDU・CSUの支持率が急落したのは、7月中旬にドイツ西部を襲った未曽有の水害以降である。ラシェット氏は7月17日にシュタインマイヤー大統領と共に、洪水で深刻な被害を受けたエルフトシュタットという町を訪れた。大統領が記者団の前で、犠牲者に対する哀悼の意を表す言葉を語っている時に、ラシェット氏は背後で地元の政治家と共に笑っていた。この映像はメディアに大きく取り上げられ、「不謹慎」という批判が集中。同氏は謝罪したが、これ以降CDU・CSUの支持率は急降下した。

さらにラシェット氏については、CDU・CSU内部でも「指導者としての力強いイニシアチブに欠ける」という批判が高まった。CDU・CSUは今年春のアンケートで人気が高かったCSUのゼーダ―党首ではなく、人気が低かったラシェット氏を首相候補に選んだ。今、この選択が裏目に出ている。

また緑の党のベアボック氏も、新著の無断引用問題、特別収入の議会事務局への申告漏れ、経歴の記入ミスなどによって政治家としての未熟さを露呈した。5月には、緑の党の支持率はCDU・CSUとSPDを上回っていたが、同党はまるで風船から空気が抜けるように下降の一途をたどった。緑の党は、今年春「女性優先」の原則を重視して、ハベック共同党首ではなくベアボック氏を首相候補に選んだ。

これに対しショルツ氏は、2020年の財政赤字が巨額になっても、市民と企業を支えるためのコロナ対策を優先させたほか、水害後に被災地へ足を運び、財務大臣として被災者に対し強力な支援を行うことを約束した。一見地味で物静かだが、実直そうな語り口が多くの市民の支持を集めた。

リンケが緑の党とSPDに秋波

さて、選挙後の連立交渉は極めて難航することが予想される。各党の支持率が伯仲しているため、二党の連立では、連邦議会の議席の過半数を取ることは難しい。三党連立には、CDU・CSUと緑の党と自由民主党(FDP)が組むいわゆるジャマイカ連立や、CDU・CSU、緑の党とSPDの連立など、さまざまなパターンが考えられる。

現在焦点となっているのは、SPD、緑の党と左翼党(リンケ)が左翼連立政権をつくるかどうかだ。少なくともリンケは、SPDと緑の党に対して秋波を送っている。CDU・CSUの凋落は、リンケにとって千載一遇のチャンスをもたらしつつある。今年7月には、緑・赤・赤政権の可能性など、夢想する人すらいなかった。

だがリンケは過激な左派政党であり、例えばドイツが北大西洋条約機構(NATO)から脱退することを要求している。これに対しショルツ氏は「ドイツはNATOとの繋がりを強固にしなくてはならない」と強調し、釘を刺している。緑の党も、NATO脱退は受け入れないだろう。このほかリンケは、住宅会社を国有化して、誰でも低い家賃でアパートに住めるようにすることや、勤労年数にかかわらず誰でも月1200ユーロの基本年金を受け取れる制度を提唱。社会主義的な色彩が濃い政策だ。ラシェット氏が「CDU・CSUはリンケとは絶対に連立しない」と断言するのに対し、ショルツ氏は連立の可能性を否定していない。

CDU・CSUと緑の党の間ですら、大きな隔たりがある。例えば緑の党は富裕税の復活や、所得税の最高税率の引き上げを求めているが、CDU・CSUは断固として反対している。CDU・CSUが想定している脱石炭の期日は2038年末だが、緑の党はこれを8年早めることを求めている。2党でも大きな違いがあるのだから、3党の間で政策の溝を埋めるのは、相当複雑な作業になるだろう。「メルケル後」の新政権が成立するまでには、かなりの時間がかかるに違いない。

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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