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2038年までに脱石炭をめざす - 納税者に多額のコスト

1月26日にドイツは経済史に残る決定を行った。連邦政府の諮問委員会が、最終報告書内で2038年末までに褐炭・石炭による火力発電所の全廃を提言したのだ。

ラウズィッツで稼働している褐炭火力発電所
ラウズィッツで稼働している褐炭火力発電所

脱原発の次は脱石炭

ドイツは今も発電量の約35%を褐炭・石炭に依存しているが、地球温暖化や気候変動の原因となる二酸化炭素(CO2)の排出量を大幅に減らすべく、重要な一歩を踏み出した。ドイツは2011年の福島原発事故をきっかけに、2022年末までに原子力発電所を全廃することを決めているが、脱原子力に続いてエネルギー政策を大きく変更することになった。

本来この委員会は、去年暮れにポーランドのカトビッツで行われた国連の地球温暖化防止に関する会議の前に提言を発表する予定だった。発表が今年までずれこんだことは、委員会のメンバーだった産業界、学界、電力業界、環境団体、褐炭採掘地の住民代表らの間で意見が対立したことを物語っている。

2030年までに温室効果ガスを55%削減

現在ドイツの褐炭・石炭火力発電所の容量は42.6ギガワット(GW)。委員会はこれを2022年までに30GW、2030年までに17GWに減らす。そして2032年に電力需給の状態などを検討して可能と判断されれば、2035年に前倒しして褐炭・石炭火力の使用を停止する。

メルケル政権は、当初2020年までにCO2など温室効果ガスの排出量を、1990年に比べて40%減らすことを目標にしていた。しかし、2018年末の時点では削減率は32%にとどまっており、2020年の目標達成に失敗することは確実だ。このため政府は、「2030年までに温室効果ガスを55%減らす」という目標を達成するべく、脱石炭の「締め切り日」を設定したのだ。また政府は、2030年に再生可能エネルギーが電力消費量に占める比率を現在の38%から65%に引き上げる方針だ。

脱石炭に賛否両論

緑の党や環境団体は、2030年までに褐炭・石炭の使用停止を要求していた。国際環境NGOグリーンピース・ドイツのM・カイザー事務局長は、「褐炭・石炭火力の全廃が2038年になったのは、残念だ。しかし欧州最大の工業国ドイツが脱褐炭・石炭を断行し、再生可能エネルギー社会に変わるための第一歩を記したことは、正しい。2030年代初頭に全体状況を見直し、2035年には褐炭・石炭火力は事実上全廃されることになるだろう」と述べている。

これに対し大手電力会社RWEのR・M・シュミッツ社長は、「2038年までに褐炭・石炭火力発電所を全廃するのは早すぎる。提言書によると2032年に雇用や電力需給の状況を勘案し、2038年の脱石炭が可能かを検討することになっているので、わが社はそのときに全廃の時期を先延ばしにすることを要求する」と不満を表明した。

莫大なコスト

脱褐炭・石炭は、国民経済に大きな負担を生じさせる。この決断は市民の雇用に大きな影響を与えるからだ。旧東ドイツのラウズィッツ地区や、旧西ドイツのルール工業地帯などでは、約5万6000人が褐炭の採掘や火力発電に従事している。RWEのシュミッツ社長は、「2023年までに、従業員数の大幅削減を始めなくてはならない」と語っている。

諮問委員会は、脱褐炭・石炭の影響を受ける採掘地域のために、産業構造の改革や省庁の誘致などのために、連邦政府が今後20年間に400億ユーロ(5兆2000億円・1ユーロ=130円換算)を支出することを提言。その内訳は、毎年13億ユーロを採掘地域の自治体に、7億ユーロを州政府に支払う。つまり毎年20億ユーロ(2600億円)の金が雇用対策として投じられるのだ。

このほか連邦政府は、脱石炭によって早期退職を迫られる労働者のために50億ユーロ(6500億円)を投じて補償措置を取る。また、電力会社は褐炭・石炭火力発電所の早期停止により経済損害を受けるので、政府は補償金を支払う。額は明示されていないが、数十億ユーロの規模に達する可能性が強い。

さらに脱褐炭・石炭が企業・市民の電力コストを増加させるのを防ぐために、連邦政府は2023年以降、毎年20億ユーロ(2600億円)の助成金を出す。これらの費用を合計すると、今後20年間に納税者が負担するコストの総額は800億ユーロ(10兆4000億円)を超えるという見方も出ている。

旧東独地域での州議会選挙に配慮

褐炭採掘地域への潤沢な財政支援の背景には、今年秋に旧東ドイツのザクセン州、ブランデンブルク州、チューリンゲン州で州議会選挙がある。これらの州では、右翼政党「ドイツのための選択肢(AfD)」への支持率が、西側より高い。急激な脱褐炭・石炭は市民の 不満を爆発させ、AfDの支持者を増やす可能性がある。政府はこれらの選挙でAfDの得票率が高まらないよう脱石炭に19年の歳月をかけ、大規模な財政出動によって市民の不満を和らげようとしているのだ。

政府はCO2の排出量を大幅に減らしつつ、電力の安定供給も確保しながら、雇用削減に関する不満と右翼の躍進も抑えるという離れ業に成功するだろうか?

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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