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水彩画からのぞく芸術の世界 寄り道 小貫恒夫

82. 音楽ファンは年間何枚レコードを買う?

ウィーンのレコード屋
ウィーンのレコード屋

昔、まだ日本に住んでいた頃、「レコード芸術」という音楽雑誌を定期購読していました。その中に「海外楽信」というコーナーがあり、ある時「音楽ファンは年間何枚レコードを買うのか」というタイトルで、日本とウィーンのレコード購入数の違いについての記事がありました。それによると、日本では熱心なファンは年に200枚ほど、さらに熱心な人では300枚も買うそうです。しかしウィーンでは、多くてもせいぜい100枚ほどで、それも音楽関連に従事している専門家くらい。一般の音楽ファンは「演奏会の思い出」に2~3枚程度なのだとか。

当時、決して裕福ではなかった私ですら、年間100枚は買っていました。レコード屋で時折見かける、どっさりと両手に紙袋を持って帰るおじさんを羨ましく眺めたものです。また、一般のファンが「演奏会の思い出」に買う1枚とは、よく大物指揮者が来日すると発売される「来日記念盤」のようなもので、ウィーンの人たちもこれを買うのだろうと思っていました。

その後、ウィーンに住むようになって憧れの楽友協会へ、ウィーン・フィルを聴きにワクワクしながら出かけました。バーンスタインの指揮とツィマーマンのピアノで、ブラームスのピアノ協奏曲第1番です。冒頭のティンパニの一撃と共に、弦楽器がガリガリと鳴り始めますが、さすがはバーンスタイン。ものすごくダイナミックで、身体が音の洪水に包まれ、まるでホール全体が揺れ動いているようです。腰は抜けるは、目からはウロコがバラバラと何枚も落ちました。

それから数カ月経ったある日、レコード屋の前を通りかかった時にふと、その演奏会のジャケットが目に飛び込んできました。「『演奏会の思い出』に買う1枚とは、こういう意味だったのか……」。自分が居合わせた演奏会のライブ録音が発売されるのなら、そりゃ買いますよね。

後日、シューマンの交響曲第4番をやはりバーンスタインの指揮で聴く機会がありました。演奏に先立って彼が自ら挨拶をし、「今日はライブ録音をするので、咳は今のうちにいっぱいしておいてください」と笑いを誘います。終演後にも再びバーンスタインが登場し、「これから録音の録り直しをするけれど、帰りたい人は帰っていいし、残りたい人はそのまま残ってください」と。退出しかけていた人々も、慌てて座席に戻りました。

 
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小貫 恒夫

小貫 恒夫 Tsuneo Onuki

1950年大阪生まれ、武蔵野美術大学舞台美術専攻。在学中より舞台美術および舞台監督としてオペラやバレエの公演に多数参加。85年より博報堂ドイツにクリエイティブ・ディレクターとして勤務。各種大規模イベント、展示会のデザインおよび総合プロデュースを手掛ける傍ら、欧州各地で風景画を制作。その他、講演、執筆などの活動も行っている。
www.atelier-onuki.com
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