タウトの夢、100年前の住宅難

2 November 2018 Nr.1085
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2010年8月に始まった当連載が、おかげさまで今回100回目を迎えた。この8年間で世界もベルリンも劇的に変わった。ベルリンが目下直面しているのは住宅難の問題だろう。時計の針をちょうど100年前に戻す。1918年に第一次世界大戦が終わると、領土の喪失や軍隊の解体等の影響でベルリンの人口は急増した。1920年代初頭、10万戸以上のアパートが不足する状況に陥っていたという。それ以前のようにアパートの中庭の奥へと増築する場当たり的なやり方では到底追いつかない。公共の主導により、高い居住性を目指すジードルングと呼ばれる大規模な団地が次々と郊外に造られたのである。

9月初旬の週末、地下鉄U7でノイケルン地区のブラシュコアレー駅で降り、住宅街をしばらく歩くと、訪問者が集まっている一角が見えてきた。ワイマール共和国時代に建てられた6つのジードルングは「ベルリンのモダニズム集合住宅群」として世界遺産に登録されているが、特に有名なのがグロースジードルング・ブリッツだろう。中央の馬蹄形(Hufeisen)の建物を中心とする形状からフーフアイゼン・ジードルングと呼ばれることも多い。

グロースジードルング・ブリッツのアパートからの眺め
グロースジードルング・ブリッツのアパートからの眺め

この週末は毎年恒例の文化財一般公開の日。ここの住民が運営する協会の方が案内をしてくださる。ブルーノ・タウトとマルティン・ヴァーグナーの設計によるこのジードルングには、いまも約2000戸ものアパートがある。

初めてこの住宅街をじっくり歩いてみて感じたのは、そのカラフルさだ。馬蹄の外側は白と濃い青、フリッツ・ロイター・アレーに面したアパートは赤という具合。さらにそれぞれの家のドアのデザインと色合いが千差万別で、飽きることがない。当時はこの色使いへの批判の声も強かったそうだが、時が経つにつれてこのジードルングのシンボルになっていった。

今日はここに住む高齢の女性のアパートを特別に見せていただく。各アパートの間取りは49〜124㎡とさほど広くはないものの、コンパクトで清潔。なかでも大きな開放感をもたらしているのは、バルコニーとそこからの眺めだろう。公共スペースである円形の中庭の手前には、個々の借り手にプライベートな庭が与えられ、自由に活用することができる。光と空気、そして太陽。人間が心地よいと感じる居住環境を、これだけ大量かつ平等に実現させたタウトらの先見の明に脱帽する。

しかし、このジードルングの根底にある、労働者の生活環境向上を目指した社会主義的な思想は、ナチ支配の時代に入ってから冷遇されることになる。ガイドの方が地面に埋め込まれた「つまずきの石」を示して、ナチに抵抗して殺害された元住民の話をしてくれた。タウトは1932年からのこのジードルングの最終部分の建設にはもはや直接関わらず、ナチ政権が誕生した直後、周知のように日本へと亡命……。

ジードルングの中は路地が張り巡らされ、村の要素を取り入れた広場もあり、事前に抱いていた団地街のイメージは見事に覆された。そんな発掘の散歩に今後もお付き合いいただけると幸いです。

村の雰囲気を取り入れたフューズング広場
村の雰囲気を取り入れたフューズング広場

インフォメーション

グロースジードルング・ブリッツ
Großsiedlung Britz

ベルリンにあるモダニズム集合住宅群の一つで、2008年からこれらを総称してユネスコの世界遺産に登録されている。U7のBlaschkoalleeもしくはParchimer Alleeから徒歩5分ほど。アパートの馬蹄形の入り口近くに、インフォ・ステーションがあり、カフェや小さな展示が併設されている。以下はその情報。

オープン:金曜・日曜13:00〜17:00(4〜10月は14:00〜18:00)
住所:Fritz-Reuter-Allee 44, 12359 Berlin
電話番号:030-420269612
URL:www.hufeisensiedlung-berlin.de


タウテス・ハイム
Tautes Heim

世界遺産の建築を実際に体験してみたい方におすすめなのが、「タウトの家」という住居型の博物館。内装の壁の色から家具に到るまで1920年代の様式に忠実に再現したオリジナルのアパートの一室を借り、テラスや庭も含めて、タウトが目指した理想の生活環境を直に体験することができる。予約や問い合わせは以下のHPより。

電話番号:030-60107193
URL:www.tautes-heim.de