終わりの見えないテロとの戦い
ビンラディンの死とアルカイダ
2001年以降、米国最大の標的とされた国際テロ組織アルカイダの指導者ウサマ・ビンラディンが殺害されたことで「テロとの戦い」の第1章の幕は下ろされた。一方、同人の生死とは無関係に増殖しうる次世代のテロ分子は、終わりの見えないジハード(聖戦)を象徴しているとも解し得る。
ウサマ・ビンラディンの生涯
文中の「*」は、その関与が疑われるテロ事件
1957年 | サウジアラビア首都リヤドの裕福な家庭に誕生 |
1976年 | サウジのキング・アブドゥルアジズ大学に在学中、イスラム原理主義組織ムスリム同胞団のメンバーで反イスラエルを唱えるパレスチナ人教員などの影響を受けジハード(聖戦)思想の基礎を構築 |
1979年 | 旧ソ連によるアフガニスタン侵攻を受け、ムジャヒディン(義勇兵)としてアフガン入り。旧ソ連軍という共通の敵に抵抗するため米CIAと協力 |
1984年 | ムジャヒディン派遣組織「マクタブ・アルヒダマト」をペシャワールで結成 |
1988年 | 「アルカイダ(基地、基盤の意)」をアフガニスタンで設立 |
1991年 | 湾岸戦争勃発時、イラクへの抵抗勢力としてムジャヒディンの派遣を提案したが、サウジ政府は米軍に駐留を要請。イスラム教2大聖域(メッカとメディナ)に十字軍(米軍)が進駐するのはイスラム教への冒涜としてサウジ王室を批判し、母国サウジを追われる |
1992年 | スーダンに亡命 |
1993年 | *米ニューヨーク世界貿易センタービル爆破事件が発生 |
1994年 | サウジ政府により国籍を剥奪される |
1996年 | *在サウジ米軍基地爆破事件発生。スーダン政府により国外退去命令(CIAが身柄引き受け拒否)が出され、アフガニスタンに亡命 |
1998年 | *在ケニア・在タンザニア米国大使館で爆弾テロ事件発生。同事件への関与の容疑で国際手配 |
2000年 | *イエメン沖で米艦コール襲撃事件発生 |
2001年 | *米国同時多発テロ事件発生(9月)。潜伏先であるアフガニスタンのタリバン政権が同人の身柄引き渡しを拒否したため、米主導連合軍によりアフガン攻撃が開始(10月)。パキスタンとの国境にある山岳地帯に潜伏 |
2002年 | 9.11米国同時多発テロへの関与を表明 |
2011年 | パキスタン北部アボタバードの潜伏先で米当局により殺害される |
ビンラディン指導者殺害に関する
アルカイダ系組織の主な働き
アラビア半島のアルカイダ(AQAP)
5月11日、ジハードは激しさを増すとして、報復テロを警告する声明を発出
イラクのアルカイダ(イラク・イスラム国)
5月9日、5日にイラクで発生した自爆テロ(24人死亡)はビンラディン殺害に対する報復テロであったとの犯行声明を発出
イスラム・マグレブ諸国のアルカイダ(AQIM)
5月8日、今般の中東全域における民衆蜂起はビンラディン指導者の教えであるジハードの賜物であるとし、同人の功績を賞賛する声明を発出
ソマリアのシャバーブ
5月7日、報復テロを宣言し、ビンラディン指導者の死はソマリアでの戦いに歯止めを掛けることはないと声明を発出
アフガニスタンのタリバン
5月7日、殉教者ビンラディンの魂はジハード戦士に宿るとし、侵略者(米国主導の連合軍)に対する攻撃を警告する声明を発出
パキスタンのタリバン運動(TTP)
5月13日に発生した自爆テロ事件(死者80人以上)は、 ビンラディン殺害に対する最初の報復攻撃であったとの犯行声明を発出
ジェマ・イスラミア(インドネシア)
5月3日、ビンラディン指導者を殺害してもアルカイダを葬ることはできないとする声明を発出
1日、ホワイトハウスの危機管理室で
作戦を見守るオバマ大統領(左から2人目)
2日、ビンラディン容疑者の死を喜び、
ホワイトハウス前に集う人々
ビンラディン容疑者殺害
5月1日、オバマ米大統領は、国際テロ組織アルカイダの指導者ビンラディン容疑者の殺害に対して「正義が成し遂げられた」とし、米国の対テロ戦争は9.11米国同時多発テロから10年目を目前にして転換期を迎えたとの見解を示した。2001年以降、アフガニスタンとパキスタンの国境山岳地帯に潜伏していたとされる同容疑者を仕留めたとの発表に、英国のキャメロン首相も賞賛の意を表した。
一方、5月6日には、ロンドンの在英米国大使館前でビンラディン指導者の葬儀デモに参加したイスラム原理主義者と反イスラム主義団体が衝突するなど、同人の死は英国内でも波紋を呼んでいる。更には、イスラム系組織「Islam4UK」の報道官が、05年のロンドン同時多発テロと同様の報復テロ発生の可能性を示唆するなど、英当局は国内におけるイスラム原理主義者に対する警戒を強めている。
アルカイダ本体とジハード思想
1988年にビンラディンが設立したアルカイダ本体は、「十字軍・シオニスト」対「イスラム」という二極構図を掲げ、欧米の傀儡とみなされる親米アラブ・イスラム政権を打倒し、厳格なイスラム法(シャリア)に基づくイスラム共同体「ウンマ」を形成することを目指している。また、ビンラディンや同組織のナンバー2であるアイマン・ザワヒリは不定期に声明を発出し、イスラム教対キリスト教の二極論に基づくアルカイダ的ジハード思想を拡散して世界各地にテロ組織網を拡大してきた。近年では、英語や独語を母国語とするアルカイダ本部上層部が声明を発出するなど、欧米諸国に根付いたイスラム教徒の反欧米感情を煽ることで、新たな支持層を獲得しようとする戦略も見られる。
他方、アルカイダ系組織は、本体を頂点としたピラミッド型ではなく、フランチャイズ化したネットワークであるとみられ、本体が掲げる思想やテロ活動目的は必ずしも組織全体としての統一性を持たない。また近年、アルカイダ本体はイデオロギー流布に焦点を当て始めたともみられている。実質的には無関係であるにも関わらず、アルカイダ系と称してテロ活動を行うグループが現れた場合は、テロ行為への関与を否定はしても批判することはほとんどない。
次世代のテロ分子とその脅威
アルカイダ本体にとっては、強いカリスマ性を持ちイデオロギーの象徴でもあったビンラディンを失ったことは打撃であるに違いない。しかし、晩年のビンラディンはテロ実行の直接指示をしていなかったとみられることなどから、同人の死後もアルカイダ系組織のテロ作戦には何ら支障はないと考えられる。これらを踏まえると、現時点で最大の脅威と考えられるのは、各地のアルカイダ系組織と、 次世代のテロ分子である。特に、欧米諸国で生まれ育ったイスラム教徒が独自のジハード思想に基づき過激化し、「ホームグローン・テロリスト」や「フリーランス・ジハディスト」となり、居住国やその権益を攻撃対象としたテロ活動を展開するなどの危険性がある。
ビンラディン殺害で、2001年に開始したテロとの戦いの第1章が終焉したとも解し得る中、訪英中のオバマ大統領とキャメロン首相が次世代のテロ分子対策をいかに打ち出すか注視したい。
Ayman al-Zawahiri
アルカイダ本体のナンバー2指導者。1951年、エジプトのカイロ生まれ。15歳でイスラム原理主義運動に目覚め、カイロ大学医学部在学中にジハード団に参加。81年エジプトのサダト元大統領暗殺事件に関与した疑いで禁固3年の刑を受ける。85年、アフガニスタンで旧ソ連軍に対する抵抗運動に参加しビンラディンと出会う。88年、ビンラディンとともに反米・イスラエルを掲げ「ユダヤ人と十字軍に対するジハードのための世界イスラム戦線」を設立。ビンラディン死後、アルカイダ本体の指導者となる可能性 が考えられる。(吉田智賀子)
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