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激動の10年をNHSと共に歩んで
日本で3月は「別れの季節」とも表現されますが、2021年4月から始まったこの連載も、今回をもって終了となります。ここまで連載を続けてくることができたのも、読者の皆さんのおかげです。くしくも今年2023年は私が英国の大学で看護学部を卒業し、NHS病院で仕事を開始してからちょうど10年の節目ともなります。
この10年間はNHSにとって紆余曲折なときを共に歩んできたように感じます。10年前はまだリーマン・ショックによる経済的打撃の名残があるころで、多くのNHS職員の年間昇給率は1パーセントと制限され、それが5年間続きました。2016年にはEU離脱が決定し、多くのEU加盟国出身の医療従事者が帰国しました。一緒に仕事をしてきた仲間が次々に去っていく後ろ姿を見守る寂しさが、今でも記憶に残っています。またこの件が看護師不足に拍車をかけていきました。
2017年には、それまで何十年にわたり続いてきた看護学生の授業料無償が廃止となり、看護業界には激震が走りました。もしも授業料が課せられる時代であれば、2人の子どもがいる私が看護学部に通うことは経済的にとても厳しく、おそらく別のキャリアを選択していたと思います。この授業料無償の廃止は、英国の看護学生にとって一つの時代の終わりを告げる「区切り」でもありました。
そして2020年の新型コロナウイルスの発生です。2022年には看護師をはじめ、救急隊員などのNHS職員による歴史的な大規模ストライキが決行されました。まさに激動の10年です。この10年もの間、医療現場を見てきて思うことは、こうした時代のうねりとともに変化していくものが多いなかで「変わらないもの」も存在することです。「GPの予約がなかなか取れない」「手術の番が回ってこない」など不便さが浮き彫りとなるNHSですが、その一方で、医療費を心配することなく受診や治療が受けられることはやはり大きいと思います。特にガンや人工透析など、高額になりがちな医療ではNHSのシステムがあるから、患者さんは金銭的な心配をせずに安心して治療に専念できます。患者さんへの恩恵は計り知れないものがあるでしょう。無料の医療費は今後も変わらず継続してほしいと願うばかりです。
また、患者さんから学ぶこともあります。一人暮らしの高齢の患者さんも多いのですが、近所の知人、友人のコミュニティーの「助け合い」の強さを感じます。患者さんの通院の送迎や手術前後の付き添いを友人や近所の方にお願いしたり、退院後の生活支援にヘルパー派遣よりも友人、知人に頼る人が肌感で多いと感じます。遠方に住む友人たちが高速道路を交代で運転して、患者さんを退院のお迎えに来るケースも何度か見たことがあります。「遠くの親戚より近くの他人」。この言葉をほうふつとさせますね。こうしたコミュニティーの強さは10年前も今も変わらずに、NHSを支えている一つの軸のような気がします。私も遠く日本の家族から離れて英国に暮らしていますが、同じような立場の方も多いと思います。ぜひ、自分が今所属するコミュニティーを今後も大切にしてほしいと願っています。連載にお付き合いくださり、ありがとうございました。
2021年から2年の連載となったピネガー由紀さんのコラムは今回で最終回です。長い間のご愛読、ありがとうございました。