菅政権の正念場
1月24日の施政方針演説で、菅総理は①平成の開国、②最小不幸社会、③不条理な政治からの脱却、を訴えた。①は環太平洋パートナーシップ協定(TPP)を指しているし、②は税と社会保障の一体改革を、③は反小沢の姿勢を示したものだ。いずれも日本がいわゆる英国病に陥らないために重要なポイントだと感じる。しかし、その内容は、考える視点や何を大事に思って制度改革を行うのかを十分に示していなかったように思う。
政治情勢や政治日程は、言うまでもなく非常に厳しく、経済情勢も予断を許さない。こうした状況の中で、このような大きな問題を、短期間のうちに解決しようとする、理念に乏しいリーダーに委ねざるを得ないことに大きな失望を覚える。ただ少子高齢化による福祉の需要増加、財政危機による原資の不足は、以前から読めていた話であり、ここに及ぶまで十分な議論がないことについては国民の責任も大きい。投票行動を通じてではあるにせよ、この問題を避けてきたつけがあるし、何よりも問題を正面で受け止めて議論していない。もちろん、そうした議論のお膳だてをできない
税と社会保障の論点
マスコミは断片的に問題を取り上げる。しかし大きな改革を行うときには、枝葉末節や目先の利害ではなく、「そもそも論」を一度はしておく必要がある。大きく分けると3つの論点がある。第一には、働けなくなった人の生計費について国家がどこまで面倒を見るのか(給付の程度)、第二には、そうした面倒を年金、医療、介護にどう分配するのか(給付の方法)、第三には、消費税をどれくらい上げるのか(財源、財政問題)である。この根本問題について、菅演説では一切触れられていない。触れているのは、野党も思いは同じだとか、国民も議論に参加して欲しいとかいった手続き論である。ぜひとも中身の議論をすべきだ。
第一の問題は、日本に住んでいる人であれば誰でも老後は面倒を見るのか(=1階部分、困っている人を日本に住んでいるという理由だけで助ける)、それとも単に日本に住んでいるだけではだめで、一定の貢献をしたかどうかで面倒を見るのか(2階部分)という問題である。通常は1階部分が税金で、2階部分は所得に見合う保険料でということになり、各国ともこの両者の組み合わせで年金制度ができている。英国の場合は、前者は金額の小さい公的年金をベースに最低生活保障(一種の生活保護)があり、後者は企業被雇用者向けの一種の厚生年金であるS2Pと確定拠出のステイクホルダー年金(個人年金)を選択できるようになっている。税金負担は小さく、また2階部分も選択制ということで極めて自由主義的である。北欧諸国は1階部分だけでも十分生活できるが、英国や日本では難しい。
ちなみに日本の1階部分の給付額は、月6万6000円である。日本では高齢化の進展に伴い、この1階部分を保険料だけでは賄いきれなくなり、税金投入の方針が決められているが、財源がなく、企業年金などからの補填額が拡大している。つまり現行制度では1階と2階の理念自体もあいまいだから、相互に財源融通するという場当たり的なことが行われている。
税方式か保険料方式かに伴う論点
税金投入なら、不払いや記録ミス、非正規労働者の無年金といった問題がない一方、就労意欲が低下する、在日外国人も含むか否か、という論点がある。また6万6000円では生活保護(月額13万円)よりも安く、相互扶助の概念が崩壊しているとの見方もある。2階部分については、報酬(若いときの所得)比例だけが公平なのかどうかも議論の余地がある。英国では高齢者の資産も給付額決定に際し考慮に入れる(MEANS TEST)べきか否かの議論が長く続いているが、日本でも問題になろう。資産も考慮に入れるなら、資産課税との関係や国民総背番号制も論点になる。財源を税と保険料とするとしても、これらを積み立てて個人レベルにて生涯で収支が合うようにすれば保険料の考え方に沿うが、現在は単年度収支が合うような賦課方式に近い運用、積立金の取り崩しが始まっている。大きな議論がないままになし崩し的に制度を税方式中心としてきて、その裏付けである消費税引き上げができていないのが日本の年金制度の現状である。
次回は、年金・医療・介護の分配問題、消費税と財政再建について書くが、年金だけでもこれ以上の問題がある。短期間での決着は、困難と言わざるを得まい。
(2011年1月25日脱稿)
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