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Fri, 22 November 2024

リバプール・ビエンナーレ

今年は2年に1度のモダン・アートの祭典「リバプール・ビエンナーレ」の開催年。開催5回目、そして設立10周年という記念すべき年でもあり、この小さな街に、驚くほど豪華なアーティストたちが集結した。そのなかでも、特に「芸」がキラリと光るおすすめを紹介しよう。

(本誌編集部: 國近絵美)

誰もが思い浮かべる「リバプール=ビートルズ」という図式。とはいえ日本人にとって、この街はそれ以外にあまり印象がないのも確かだ。でも実は、この地で英国最大にして唯一のモダン・アートの祭典「リバプール・ビエンナーレ」が開催されているのはご存知だろうか。

まず、今年のビエンナーレの中心となるのは、世界各国のアーティスト40名が参加する「MADE UP」と呼ばれる企画展。すべてビエンナーレのために製作された新作が発表され、市内13カ所の会場にはギャラリーだけではなく、パブや古い映画館など意外な場所も選ばれている。

その他にも、今年で開催25回目を迎える国内最大の絵画の公募展「ジョン・ムーア現代絵画賞」、そして大学の最終学年を対象とした公募展「ブルームズバーグ・ニュー・コンテンポラリーズ2008」では、英国の先鋭アーティスト100名の作品を紹介。また、個人経営のギャラリーが主催する「ザ・インディペンデント」などの展示を合わせると、1都市の中になんと100近い会場が設置されていることになる。

今年は「欧州文化都市」にも選ばれ、ノリに乗っているリバプール。意外にも、街の大きさは1日ないし2日で歩いて周りきれるくらいなので、気軽に訪れるにはちょうど良い。この街をゆっくり散策しながら、モダン・アートをたらふくいただこう。

リバプール・ビエンナーレ地図

意外性がおいしい道ばたアート

リバプールという1つの街に、最新のアートがぎゅっと詰まった今回のビエンナーレ。ここでは、会場を回る途中でぜひ鑑賞して欲しい、街角に点在する作品を紹介する。

23Richard Wilson
Turning the Place Over

Richard Wilson

オフィス街に突如として現れる、異様な光景──6階建てのビルの壁が楕円形にくり抜かれていて、その空間に設置された壁が縦、横、ななめに回転するという、前代未聞のインスタレーション作品がこれだ。船舶や原子力産業で使用される巨大な回転装置に取り付けられた直径8メートルの 「壁の窓」が動く度に、内部の様子をのぞき見ることが出来るという不思議な仕組みになっている。
日常感覚を揺さぶるアートでは定評があるウィルソンらしく、この作品も空間や物の役割について、観客に問いかけるものとなっている。なお、同作品はビルが取り壊される今年の年末まで、夜明けから日没の間、回転中だ。

5Atelier Bow-Wow
Rockscape
Installation Commissioned by Liverpool Biennial International 08

Atelier Bow-Wow

日本人建築家の塚本由晴と貝島桃代によって1992年に結成されたユニット「アトリエ・ワン」。個人住宅を中心に建築・デザイン活動を行っている彼らの作品の特徴は、使う人に合わせてスペースが順応するうえ実用的、なおかつ遊び心が反映された構造だ。
そんな彼らは今回、街の中心部に位置しながらも存在が忘れられかけていた空き地を、音楽とパフォーマンスが行われる野外劇場に変身させた。階段を座席にするという古典的な手法と、リバプールの街並みの象徴でもある赤茶色が絶妙にマッチ。寂れた街の一角をアートで盛り上げる、その発想と実力に脱帽だ。

10Ai Weiwei
Gleaming Lights of the Souls
Mixed Media Installation
Courtesy of Victoria miro Gallery / Ota Fine Arts, Tokyo

Ai Weiwei

今年開催された北京五輪で、世界中の注目を浴びた競技場「鳥の巣」。そのランドスケープ・デザインを担当した中国現代アートの寵児、アイ・ウェイウェイの手により、広場に巨大なクモの巣が出現した。そして広場に張られた鉄製ワイヤの中央には、クリスタルを散りばめた巨大グモが待ち構えている。
ウェイウェイがこれまでに発表してきた、スケールの大きさとその建築美で人々をうならせる作品群とは確実に一線を画したこのポップな作品に、驚く人も多いはず。名建築家が挑戦した脱力アート、日光の下で露のように輝くクモと、夜の闇に怪しく光るクモの2つの表情を楽しもう。

7U-Ram Choe
Opertus Lunula Umbra (Hidden Shadow of Moon)
Aluminum, stainless steel, plastic, electronic device (BLDC motor motion computing system) Commissioned by Liverpool Biennial International 08 and FACT Artwork courtesy of bitforms gallery NYC and Art Station, Poznan, Poland

U-Ram Choe

アートのはしごに疲れたら、映画館やカフェも付設している総合文化施設「FACT」に入ろう。ここでは空飛ぶ巨大イモムシ、もしくは日本のアニメ「風の谷のナウシカ」に出てくるオウムのようなスカルプチャーがホール中央の天井から吊るされている。
この作品を手がけたのは、金属という無機質な素材を使って不思議な「生命体」を造り出す韓国人アーティスト、チェ・ウラム。重量750キロ、長さ約5メートルという大型作品であるが、コンピューター・プログラミングによって設計された外殻は繊細に波打っている。自然界、そして「生きる」という圧倒的な美しさが再現された作品だ。

4Manfredi Beninati
To Think of Something
Installation Commissioned by Liverpool Biennial International 08

Manfredi Beninati

街の一角の、どこにでもあるレンガ造りの建物。風雨にさらされたポスターが貼られた壁をよく見ると、大小ののぞき穴がいくつか隠されている。そして中をのぞくと、最近まで人が住んでいた形跡が残る部屋の内部を見ることが出来る。日常の断片を描いたこの精巧なインスタレーションには、夢を見ているような、または短編小説を読んでいる途中で物語の置き去りにされたかのような錯覚を覚えるはず。
映画監督として才を発揮し、その後ビジュアル・アート界へと活躍の場を移したイタリア人アーティスト、ベニナーティ。独自の世界にするりと観客を導く才能は、映画というジャンルで磨き上げた技術の賜物かもしれない。

異次元空間を操るおすすめアーティストたち

空間をうまく使うことで独自の世界を造り出す、建築とアートを融合させたインスタレーションが目立った今年のビエンナーレ。圧倒的な想像力と独創性を持つアーティストたちの世界に足を踏み入れてみよう。

11David Altmejd
The Holes
Mixed Media
Commissioned by Liverpool Biennial International 08
Supported by Stuart Shave / Modern Art, London and Andea Rosen Gallery, New York

David Altmejd

ホワイト・キューブの中に横たわる、体のあちこちがちぎれた巨人。皮膚の裂け目からは赤い肉や内臓が見え、切り離された手や足は目的を失い、無残に転がっている ──そう聞くとかなりグロテスクだが、この作品にはどこか静かで穏やかな雰囲気が漂う。その理由は、水晶やファーといった素材が持つ柔らかな印象、そして巨人を取り囲む花や植物が持つ生命力が、巨人の「死」に打ち勝っているからだろう。この作品は、巨人の墓地であると同時に、1つの人生の縮図だ。事実と錯覚、断片と全体、実在と不在といったものが入り混じる不思議な空間に、しばらく身をゆだねよう。

12Yayoi Kusama
Gleaming Lights of the Souls
Mixed Media Installation
Courtesy of Victoria miro Gallery / Ota Fine Arts, Tokyo

Yayoi Kusama

水玉などのパターンを病的なまでに繰り返す作品で知られる草間彌生は、今回、3畳ほどの部屋のなかに小宇宙を誕生させた。靴を脱いで入室すると、2人立つのがやっとという幅の板の両側に水が、そして四方の壁には鏡が張られている。天井からは小さなライトが無数に垂れ、数秒おきに光が変色していく。鏡が光を無限に反射し、観客は流星群に囲まれたような幻想的な世界をしばらく独り占めすることが出来る。
その美しさとは裏腹に、実はこの小屋は、草間が子どものころから見続けているという幻覚への強迫観念を表したものだという。つまり足を踏み入れた瞬間、観客は既に草間という人間の中に入っていることになるのだ。

26Gross Max
Rotunda Pavillion
109 Great Mersey Street L5 2PL

Gross Max国際的に活躍するビジュアル・アーティストとリバプール近郊の3都市が協力し合い、それぞれの街にパビリオンが作成された今年。中でもリバプールの北に位置するカークデールでは、「見捨てられた土地をコミュニティー・ガーデンにしたい」という街の要望にアーティストが応えた。このパビリオンは2つのエリアに分かれており、1つは城のような、そしてもう片方は「バー・コード」というガーデンとなっている。これは一見すると「一体、どこがガーデン?」と思ってしまうような代物だが、中に入ると、壁の内部が植物で覆われていることが分かるという仕組みになっている。グリーン思想とアート、そして地元の人々の生活が一体となった作品だ。

9Sarah Sze
Untitled
Installation
Commissioned by Liverpool Biennial International 08

Sarah Sze建築分野でのキャリアも持つ米国人アーティスト、サラ・ジーは、細部まで細かい趣向を凝らしつつも、奔放な雰囲気が漂うインスタレーションを制作することで知られている。今回、展示場である階段横の吹き抜けを最大限に利用したサイト・スペシフィックな作品を発表したジーは、「これは1つの風景というよりも、ある風景のなかで起こっている動きの連続」であると語る。インテリア用品のサンプルやレンガ、建築の材料にコケなどが配置されているのだが、これらの作品の1つ1つが「次の動作」に移ろうとする瞬間で「一時停止」されているのだ。そしてそれらのオブジェは構成されたというよりも、それぞれが生命体として意思を持っているかのように力強い。

11Adrian Ghenie
Nickel Odeon 2008
Oil on Canvas
Commissioned by Liverpool Biennial International 08

Adrian Ghenie

密度の濃い、不思議な空間をキャンバスのなかに作り上げるルーマニア人画家のエイドリアン・ゲーニー。彼は創作活動において、あらゆるメディアを駆使して行うリサー チを最重要視する珍しいアーティストでもある。
今作を描くにあたりゲーニーが最も強く影響されたのは、映画によって人々のリアリティーの受け止め方が変わるという認識なのだとか。動画は記憶や潜在意識に滑り込み、想像や夢、聞いたことのある文章や音などをごちゃ混ぜにしてしまう。そんな真実と虚偽のあいまいな境界線をこの作品で表現したのだという。

「人生」が宿る風景を観る

英国で最も偉大な彫刻家の一人である、アントニー・ゴームリー。リバプール郊外の砂浜に常設展示されている作品「アナザー・プレイス」を、この機にぜひ訪れてみてはいかがだろう。

25Antony Gormley
Another Place

Antony Gormley

人体とは、記憶と変化の「場所」である ──そんな考えに基づき、これまで幾度となく自身の体をモデルにした彫刻作品を発表してきた彫刻家、アントニー・ゴームリー。そんな彼が2006年度のリバプール・ビエンナーレに出展した作品が、リバプール市内からバスで1時間ほど北に位置するクロスビー・ビーチに常設展示されている。
緩やかな丘を越えて砂浜に下りると、辺り一面、見渡す限りゴームリー本人の型をとった鋳鉄(ちゅうてつ)の像が、まるで海の彼方を望んでいるかのように並べられている。約3キロにわたる海岸に設置された像の数は、なんと100体。潮の満ち引きとともに見え隠れする姿、そして天気の移ろいととも Antony Gormley Another Place に刻々と表情を変える海に向かうその姿からは、哀愁や凛とした決意など、生々しい感情が漂ってくるから不思議だ。
19~20世紀、リバプールはロンドンに次ぐ主要渡航ルートとして、主に米国へと旅立つ移民であふれていた。当時、より良い「新世界」を目指し同地を訪れた人々にとって、ここが生涯最後に踏む欧州の土となったのだ。複雑な感情を抱きながら、彼らは海の向こうに何を見たのだろうか。
過去に思いを馳せながら周囲を見渡すと、恋人や家族連れたちが、思い思いにビーチで時を楽しんでいる。様々な人生の交錯点となったこの海を前に、ゴームリーの分身たちはこれからもまた、未来を見据え続けるのだろう。

 

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