ニュースダイジェストの制作業務
Wed, 19 March 2025

小林恭子の
英国メディアを読み解く

小林恭子小林恭子 Ginko Kobayashi 在英ジャーナリスト。読売新聞の英字日刊紙「デイリー・ヨミウリ(現ジャパン・ニュース)」の記者・編集者を経て、2002年に来英。英国を始めとした欧州のメディア事情、政治、経済、社会現象を複数の媒体に寄稿。著書に「英国メディア史」(中央公論新社)、共著に「日本人が知らないウィキリークス」(洋泉社)など。

NHSが肥満治療の痩せ薬適用を拡大へ 膨れ上がれる需要に供給が追い付かず

「私もこれで痩せました」。著名人たちが少々自慢げに書くコラムが目に付くようになりました。痩せる前と後との写真を比較すると、筆者にはそれほど変わっているようには見えないのですが、「痩せた自分」を自慢できるだけでなく、国営の国民医療制度(NHS)の処方箋によらず、プライベートで購入する痩せ薬(Weight-loss drugs)を入手できるほど懐に余裕があることをそれとなく伝えていることに気付きました。面倒な食事制限や運動をしなくても良いなら、これほど楽なことはありません。痩せ薬の需要は一挙に高まり、簡易にオンラインで購入する人が増えています。


英国民の肥満解消は、長年にわたって時の政府の喫緊の課題となってきましたよね。肥満を原因とする疾病治療のためにNHSでは年間11億ポンド(約2200億円)もの費用がかかっているそうです。そこで強力な助っ人として注目されたのが痩せ薬でした。英国では、2型糖尿病の治療薬で体重減少の治療薬としても知られるようになったオゼンピック、肥満度の高い人の体重管理のために導入されたウゴービやマンジャロなどが該当します。週に1度、ペン型になった注射器で自己投与する形です。こうした薬は食べ物が胃に入ると生まれるホルモンGLP-1を模倣する働きをして食欲を抑え、満腹感を生じさせます。マンジャロはメタボリズムに影響を与えるホルモンGIPにも働きかけ、体重減少に効力を発揮します。副作用として吐き気、膨張感、便秘や下痢などの症状が現れる場合があります。

オンラインでの痩せ薬購入に人々が殺到するのは、NHSが痩せ薬の認可に条件を付け、利用者がかなり限られていることが原因の一つです。GPに行くのではなく、特定の医療機関を通して処方箋を出してもらう必要があります。ウゴービの場合はボディ・マス指数(BMI)が35以上であること、体重に関連した疾病を抱えていることが条件で、最長利用期間も2年間と限定されています。ウゴービより強力な効果があるといわれるマンジャロは現在はスコットランドのみで利用できますが、今後さらに利用地域が拡大する見込みです。こちらの方は利用期間の限定はありませんが、今後12年をかけて英国広域に導入予定。となると利用者数はあまり伸びませんね。イングランドでは「BMIが35以上」「関連疾病を持つ」という二つの条件を満たす人は約340万人に上りますが、NHSでの痩せ薬提供は今後3年間で22万人ほどに絞られる見込みです。1人の患者に処方すれば、年間で3000ポンド(約57万円)かかり、もし100万人単位の患者に痩せ薬を出すとなれば、そのコストの高さにNHSは破産するともいわれています。


政府の肥満防止政策を指揮するナヴィード・サタル教授によると、現在、英国で痩せ薬を服用する人の90パーセント以上はプライベートで薬を入手しているそうです(BBC、1月13日付)。つまり、NHSで痩せ薬にアクセスできる人は少数派なのです。肥満率は社会的に孤立した地域で高い傾向があると教授は指摘しており、痩せ薬から最も恩恵を受けるはずの人々は手が出ない状態だと述べています。

BBCの記事は昨年7月からウゴービのトライアルに参加したレイさんの例を紹介しています。レイさんは、最初は体重が148キロでしたが、今は134キロに落ちました。毎週、皮下注射を打った上に医師や栄養管理士と顔を合わせて面談を受けながらの体重減少でした。医療関係者によると、薬の使用だけではなく、生活様式を変える、より健康的な食事を取るなどの改善も必要だそうです。オンラインでの購入には医療関係者によるサポートがないことが多く、摂食障害を持つ人やすでに痩せている人が購入する傾向があるため、薬局の業界団体「全国製薬協会」は規制組織である一般薬事審議会に対し、購入についての規制強化を求める書簡を送っています。

キーワード

Weight-loss drugs(痩せ薬)

食べると放出されるホルモンGLP-1を模倣する働きをすることで食欲を抑え、体重減少に貢献するウゴービ、マンジャロなどの皮下注射型、あるいは食物の脂肪吸収を妨げるオーリスタットなどの錠剤を指す。オゼンピックは2型糖尿病治療薬で体重減少効果があるが、NHSでは痩せ薬のみとしては処方されない。

 
Dr 伊藤クリニック, 020 7637 5560, 96 Harley Street 日系に強い会計事務所 グリーンバック・アラン 不動産を購入してみませんか LONDON-TOKYO 24時間365日、安心のサービス ロンドン医療センター

JRpass totton-tote-bag