第12回 Stratford-upon-Avon、London
そして旅は続いていく
25 November 2010 vol.1277
ゴッド・ビー・ウィズ・ユー
アト・イーズ号を見送った後は、艇を洗い、干し上げ、折り畳み、郵便局へ運んで日本へ送るという最後の仕事が待っている。こうした一連の作業を行う私を、傍らで見ていてくれた老人がいた。後に同い年の72歳だと分かったが、アイルランド出身で現在はイングランド北部のニューカッスルに住む、レイモンド・ヘイさんだ。昼食を共にし、日中を一緒に過ごした後、英国ではさよならの挨拶として、「ゴッド・ビー・ウィズ・ユー(God be with you)」と言うんだと教わって別れた。「グッド・ラック」とは別の言葉があることを知った。
後刻、パブで飯を食っていて、突然思い出した。「ゴッド・ビー・ウィズ・ユー」の後に、「ティル・ウィ・ミート・アゲイン(till we meet again)」と続く歌があったはずだ。日本では、「神と共に居まして」と歌われる、讃美歌の一節である。再び、レイモンドさんのボートに駆け戻り、ぼそぼそと歌って聞かせてみせた。まさか日本からの旅人が、この歌を知っているとは思わなかったのだろう。びっくりした顔つきで、「お前はこの歌をどこで覚えたんだ」と聞かれたって、思い出せない。教会へ行ったことはないし、「多分、高校生のとき」としか答えられなかった。
この後、2人で合唱になった。お互い、歌詞を通しては覚えていない。ただ「アト・ジーザス・フィート(at Jesus' feet)」の部分だけは、膝を叩いての共通の動作になった。ほんの先刻知り合ったばかりの日英老人の息が合って、歌声は繰り返し繰り返し大きくなっていった。
レイモンドさんのボートは美しく塗装されていた
写真: 吉岡 嶺二
ベルギーの友人から突然の知らせ
夜になって日本の家に電話をすると、ベルギーの友人から連絡が入っているという。2006年から始めたアムステルダムからマルセイユまでの縦断旅の折りに旅の途中で知り合ったエチエンヌ・グランシヤ氏からだった。そのときには彼の家に泊めてもらい、翌日はフランス、ベルギー、ルクセンブルクの国境近くのレス川へ案内された。翌年のパリからリヨンまでの旅では、途中で落ち合ってブルゴーニュ運河を一緒に漕いできた。今年も英国のグランド・ユニオン運河に同行したいと言ってきたのだが、50歳の働き盛りでの実現は無理だった。
そのエチエンヌが、「レイジが滞在するロンドンの宿に訪ねていく」と記したメールが、私の娘の元に届いたという。それで放浪旅を切り上げ、前日夜にロンドンに帰ってきた。
再会、そして来年は
翌朝。エチエンヌは奥さんと末娘を連れてやってきた。仕事のついでかと思っていたのだが、なんと再会だけを目的として来てくれたらしい。奥さんと娘さんの女性軍は買い物へと出掛け、私たち2人で大英博物館を見学しに行った。その間に、来年の旅の計画が決まってしまった。「ドイツへ行って、ライン河を漕ごう」、「ウィ」。「そして、もう一度レス河へ行こう」、「ウィ」。「今度は奥さんを連れて来い」、「アベック、プレジール」。
バーミンガムからの再開を予定していた英国運河の旅は、どうやら延期になりそうだ。はるばるヨーロッパへ来て、エトランゼの一人旅と思っていたのが、不思議な縁に繋がるものだ。今年の旅の最後を締めくくる、温故知新の出会いとなった。
※本稿が最終回となります。ご愛読ありがとうございました。
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