今回の選挙におけるもう一つの見所
BNPはロンドンの一区を掌握するか
昨年、BBCの討論番組「クエスチョン・タイム」に英国国民党(BNP)のニック・グリフィン党首が出演した際、多くの人々が反対の声を上げていたのを覚えている方も少なくないだろう。人種差別主義政策を掲げ、多くの国民の嫌悪の対象となっている同党だが、実は近年、着々と支持を拡大している。
BNP概略
1982年、「英国国民戦線(National Front)」の党首だったジョン・ティンダールが創設した極右政党。主要政策として反移民政策を掲げる。
ニック・グリフィン 英国国民党党首
Maiko Akatsuka
1993年、ロンドン東部タワーハムレッツ内の選挙区で区議会の補欠選挙に当選し、初めて地方議会に議席を得る。1999年、ニック・グリフィン氏が党首に就任、党の近代化に着手する。2006年5月、ロンドン・バーキング・アンド・ダゲナム区の区議会選挙で第二政党に躍進。同年の地方選挙ではほかにも、エセックス州エッピング・フォレスト市、イングランド中西部ストーク・オン・トレント市、同中部サンドウェル市の市議会でも3議席を得るなど健闘した。更に、2008年のロンドン議会選挙で初めて1議席を獲得したほか、2009年の地方選では、これまでの市議会、区議会に加え、初めて州議会にも3人の議員を送り込むことに成功(ランカシャー州議会、ハートフォードシャー州議会、レスターシャー州議会に各1議席)。また同年の欧州議会選挙では、グリフィン党首を含む2人が当選し、BNP初の欧州議会議員誕生を実現した。なお、BNPの上院議員及び下院議員は現在までのところ存在していない。
2010年2月、党員を白人に限定していた党規則が違法であるとして「平等・人権委員会」が法的措置を講じたことを受け、当該条項を党規則から削除した。
BNPの移民政策
(2010年総選挙マニフェストより、一部)
- 更なる移民流入の阻止。労働ビザ発行は例外的な場合に限定する。学生ビザは、真に学業を目的とする学生に対してのみ発行し、健康保険に加入していることを条件とする。
- すべての不法移民及び「偽難民」は、配偶者、その子供も含め、国外退去とする。
- 英国に着く前に他の安全な国を通って来た難民に対し、英国への入国を許可しない。
- 移民及びその家族の帰国費用を援助することにより、本国への帰還を促す「自発的再定住 プログラム」を導入する。
- 公営住宅への入居及び公立学校への入学について、地域に以前から住んでいる英国人とその子供を最優先する政策を全国で実施する。
- 英国国境庁に更なる予算を投資し、国境警備を強化する。
- 英国の移民法に違反した移民は直ちに国外退去処分にすると共に、生涯にわたって英国への再入国を禁止する。
- 英国で犯罪を犯した外国人はすべて、英国滞在年数、市民権取得の有無などに関わりなく、国外退去処分とする。
- 「人種関係法(Race Relations Act)」の撤廃、「平等・人権委員会」の廃止など。
ロンドンのバーキング・アンド・ダゲナム区
2006年区議会選挙結果
投票率 38.3% |
|
政党名 | 獲得議席数 |
労働党 | 38 |
英国国民党 (BNP) | 12 |
保守党 | 1 |
自由民主党 | 0 |
英国独立党(UKIP) | 0 |
緑の党 | 0 |
無所属 | 0 |
注: BNPの獲得議席のうち、1議席は、開票ミスのため、7月まで当選が確定しなかった
Source: London Borough of Barking and Dagenham
バーキング・アンド・ダゲナム区内の選挙区
「バーキング」の2005年下院選挙の結果
投票率 50.1% |
||||
候補者名 | 所属政党 |
得票数 |
得票率 |
2001年 下院選挙と比較した 得票率の増減 |
マーガレット・ ホッジ |
労働党 | 13,826 |
47.8% |
-13.1% |
キース・ プリンス |
保守党 | 4,943 |
17.1% |
-5.9% |
リチャード・ バーンブルック |
英国国民党 (BNP) |
4,916 |
17.0% |
+10.6% |
トビー・ ウィッケンデン |
自由民主党 | 3,211 |
11.1% |
+1.3% |
テリー・ ジョーンズ |
英国独立党 (UKIP) |
803 |
2.8% |
+2.8% |
ローリー・ クリーランド |
緑の党 | 618 |
2.1% |
+2.1% |
デメトリアス・ パントン |
無所属 | 530 |
1.8% |
+1.8% |
ミック・ サックスビー |
労働者革命党 | 59 |
0.2% |
+0.2% |
注: 「バーキング」は、今回の下院選挙でBNPのグリフィン党首が立候補している選挙区
Source: House of Commons Library, BBC
バーキング・アンド・ダゲナム区の最大政党狙う
2006年2月、人種差別発言などで起訴されていた裁判で無罪の判決が下され、喜ぶグリフィン党首(写真右)
本記事の掲載号の発行日である5月6日は、下院選挙と地方選挙の投票日である。今回の選挙は、政権交代の可能性だけではなく、英国国民党(BNP)がどこまで勢力を拡大するか、という点でも大きな注目を集めている。
BNPは、反移民政策を掲げる極右政党である。その人種差別的主張のため大多数の国民から忌み嫌われているが、一方で、徐々に支持層を拡大していることも事実であり、現在までに、地方議会に58議席を獲得している。また昨年には、初めて欧州議会にも2人の議員を送り込んだ。
BNPは今回、下院選挙に300人以上、地方選挙に700人以上の候補を擁立しているが、最も重点を置いているのは、ロンドン北東部バーキング・アンド・ダゲナム区(Barking and Dagenham)の区議会で、労働党に代わって最大政党の座を得ることである。BNPはこれまで、自治体の最大政党となったことは一度もない。
受け入れられやすい要素揃う
BNPが移民排斥を訴える際の常套句は、「大量に流入する移民が、英国人の雇用を奪い、公営住宅への入居や、希望する公立学校に子供を入学させるチャンスも奪っている」というものである。バーキング・アンド・ダゲナム区は、もともとは労働者階級の白人が住民の大半を占めていたが、過去10年で移民の数が急増した。また、公営住宅が大幅に不足しているほか、2002年に区内の自動車大手フォードの工場が車体の製造を中止したことで、大量の失業者が出たという背景もある。このように、同区ではBNPの主張が受け入れられやすい要素が揃っており、それが効を奏したのか、同党は2006年の同区区議会選挙で議席をゼロからいきなり12にまで伸ばし、一気に第二政党の座にのし上がった。更に今回は、過半数の議席を得て、最大政党の座を獲得しようと目論んでいるのである。
BNPのグリフィン党首は今回、同区内の選挙区の一つで、下院選に出馬している。しかし、同党首いわく、下院出馬の目的は、BNPへの批判の矛先を自分に向けることによって、同党が、本命であるバーキング・アンド・ダゲナム区の議席獲得に向けた選挙キャンペーンに集中できるようにするためであるという。同区区議会の議席数は51であるため、過半数を獲得するためには、前回より14議席増やす必要がある。
住民と移民の対立助長との懸念も
2009年10月、ロンドン西部にあるBBCのテレビジョン・センターで、グリフィン党首の番組出演に対する抗議活動を繰り広げる人々
Picture by: LEFTERIS PITARAKIS/AP/Press Association Images
では、しばしばナチスと同列に語られる極右政党が、多文化都市・ロンドンの区の一つで、行政を司るようになる見込みは本当にあるのだろうか。その可能性が低くはないことを指摘する声もあるが、実際は蓋を開けてみなければ分からない。ただ、もしそれが実現した場合、多国籍企業からの同区への投資が減るであろうことは、グリフィン党首自身が認めている。更に、移民と白人住民との間の対立が助長され、住みにくい地域になると指摘する声もある。
英国に大きな変化をもたらすと言われる今回の選挙。それは、極右政党が、更なる支持拡大の証を示す選挙にもなるのか。外国人として英国に住む日本人にとっても興味深いその問いへの答えは、もう間もなく分かる。
National Front
白人至上主義を標榜する極右政党で、日本語では「英国国民戦線」などと訳される。「人種保存協会」など3つの団体が合併して1967年結成。ホームページによると、「大多数の英国人の希望に沿って」、英国を白人のみの国とすることを政策として掲げている。その目的のため、非白人の移民の流入を阻止し、既に英国に住んでいる移民は、「段階的に、人道的な方法で」本国へ帰還させるとしている。70〜80年代には多くの党員を抱えていたが、現在は下火。本部はウェスト・ミッドランズ地方ソリハル市。ウェブサイトはwww.national-front.org.uk(猫)
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