対立する反ファシズムと反イスラム主義
UAFとEDLの衝突が示すものとは
反ファシズム組織UAFと反イスラム主義団体EDL間の暴力的衝突が、英国内で多発している。1970年代に各地で顕著に見られたスキンヘッドの白人至上主義ネオナチ集団と反ナチ同盟との衝突を思い出させるこの事象は、これまで英国が経験してきた排外的人種主義の存在を象徴する新たな傾向なのだろうか。
対立を続けるUAFとEDL
UAF / Unite Against Fascism | |
発足 | 2003年秋頃 |
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発足 理由 |
02年の地方議会選挙において、英国国民党(BNP)が英北部バーンリーで3議席を獲得し、更に翌年には同北西部を中心に13議席を獲得するなど、同党の勢力拡大に対する危機感から結成 |
幹部 | 元ロンドン市長ケン・リビングストン代表、社会労働党(Socialist Workers Party)議員ウェイマン・ベネット共同事務総長、反人種差別国民議会 (National Assembly Against Racism)報道官サビー・ダル共同事務総長 |
形態 | 政党機関 |
主な 目的 |
1. 反ファシズム及び反人種差別運動の促進 |
2. 反白人至上主義、人種差別グループに対する抗議運動の実施。特にBNPの勢力拡大に対する危機的状況の呼び掛け | |
3. 英イスラム議会(the Muslim Council of Britain)などと連携し、イスラム批判を鎮め、イスラム教に対する正しい理解を広める運動の実施 | |
4. 移民制限を掲げる政党及び組織に対する抗議運動の実施 |
EDL / English Defence League | |
発足 | 09年6月27日 |
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発足 理由 |
09年6月、イラクから帰還したロイヤル・アングリアン連隊の兵士に対し抗議デモを行ったイスラム系組織「Al-Muhajiroun」に対抗した「The United People of Luton」のメンバー が逮捕されたことなどを受け、同地のサッカー・サポーターらが連携して結成 |
代表 | ステファン・ヤクスリー・レノン(通称トミー・ロビンソン、ブラッドフォード出身の元BNP支持者。04年に警察官への暴行などで1年の懲役) |
形態 | 草の根レベルでの社会運動団体 |
主な 目的 |
1. 英国政府に代わり、英国らしさ(生活、文化、法律、慣習)を保護 |
2. イスラム過激派及び同思想の排除、イスラム帝国主義に対する抵抗。特に、一般的に原理主義とも呼ばれるイスラム教ワッハーブ主義及びサラフィ思想に基づく英国社会への敵対心、不寛容、殺人行為の蔓延を阻止すると共にモスク建設やイスラムの英国社会への浸透化を阻止 | |
3. 英国の法制度にシャリア法(イスラム法)を組み込もうとする試みに対する抗議運動の実施 | |
4. イスラム過激派に関与があると見られる組織の解散に向けた抗議運動の実施(Islam4UK、Hizb ut Tahrir、The Islamic Forum of Europe、The Muslim Council of Britainなど) |
主なUAFとEDL間の衝突事件
*抗議行動参加人数及び拘束人数は両組織の合計
2009年 | 8月8日 | バーミンガム (抗議行動参加人数不明、35人を拘束) |
10月10日 | マンチェスター (約2000人規模の抗議行動で約50人を拘束) |
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10月31日 | リーズ (約2500人規模の抗議行動で約10人を拘束) |
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12月5日 | ノッティンガム (約500人規模の抗議行動で約10人を拘束) |
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2010年 | 1月23日 | ストーク・オン・トレント (約1800人規模の抗議行動で約17人を拘束) |
3月5日 | ロンドン (約400人規模の抗議行動で約50人を拘束) |
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3月20日 | ボルトン (約3500人規模の抗議行動で約75人を拘束) |
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4月3日 | ダッドリー (約3500人規模の抗議行動で約10人を拘束) |
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5月1日 | エールズベリー (約900人規模の抗議行動で約10人を拘束) |
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5月29日 | ニューカッスル (約3000人規模の抗議行動) |
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7月17日 | ダッドリー (約900人規模の抗議行動で約20人を拘束) |
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8月28日 | ブラッドフォード (約1000人規模の抗議行動で約15人を拘束) |
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10月9日 | レスター (約1700人規模の抗議行動で約17人を拘束) |
UAFとEDLの衝突
イングランド中央部最大の都市レスターでは9日、English Defence League(EDL)による約1000人規模の集会に抗議するため、Unite Against Fascism(UAF)が中心となり、反EDLデモを行った。当日集結したEDLとUAFのメンバーは総勢約1700人に上り、両者間の暴力的衝突で17人が拘束された。
同様の衝突は2009年6月のEDL発足以来、ほぼ毎月のペースで発生している。人種差別の象徴とされるファシズムへの反対を訴えるUAFと、反イスラム主義を掲げるEDL間の対立は、1970年代以降に発生した極右政党「英国民戦線(NF)」や「英国国民党(BNP)」と、左派組織「反ナチ同盟(ANL)」などによる衝突の再来のようにも見える。
UAF: 反ファシズムとユダヤ差別
ケン・リビングストン元ロンドン市長が代表を務めるUAFは、03年、ANLや労働組合会議(TUC)などの左派系組織との連合により、反BNP・反人種差別を掲げて発足した。しかし、UAF幹部が所属する社会労働党(SWP)や反人種差別国民議会(NAAR)などは、ユダヤ人差別に関しては目をつぶってきたとの批判もあり、UAFの活動理念を疑問視する声もある。
例えば、09年1月27日の英国でのホロコースト記念日に、ローア ン・ラクストン元外務英連邦省職員が公共の場でユダヤ人に対する中傷的な言葉を発した一件に対し、UAFが言及を避けたのは不自然であるとの指摘がある。また、04年、英国を訪れていたイスラム復興運動組織「ムスリム同胞団」ナンバー3で反ユダヤ主義提唱者とされるエジプト人法学者ユセフ・アルカラダウィ師を、UAFが講演者として集会に招いたことも問題視された。ちなみに内務省は、08年2月、テロ行為を正当化する人物による英国への入国は不適切であるとの理由から、アルカラダウィ師の渡英ビザ申請を却下した。
EDL: 反イスラム主義とイスラム恐怖症
EDLの実質的な組織体制などの詳細は不透明な部分が多いが、同団体の代表者である通称「トミー」が元BNP支持者であることや、 EDLの集会にBNP支持者で逮捕歴を有するフーリガンの姿が頻繁に目撃されていることなどから、EDLはBNPの分派であるとする見方がある。また、米国の著名なユダヤ人宗教学者による講演や、在英イスラエル大使館と共同でイベントを開催するなど、EDLとユダヤ社会が反イスラム主義という概念を通じて利害を一致させつ つあることは、今後のEDLの動向を探る上でも注視すべき点ではある。
反イスラム主義を掲げるEDLは、05年7月に発生したロンドン同時爆破テロの影響を受けての反イスラム感情の高まりや、人々の潜在的なイスラム教に対する不安「イスラム恐怖症(Islamophobia)」を掻き立てることにより、その勢力を英国のみならず欧米にまで拡大しつつある。これは、かつてのナチズムやファシズムに代表される排外的人種主義の底流が、反イスラム主義という新たな概念となって顕在化した事象であるとも言えるのかもしれない。
British National Party
1982年に結成。現党首はニック・グリフィン氏。近年は左派組織との暴力的衝突を避けることで ネオナチ的要素を払拭し、反ユダヤ主義を覆い隠すと共に、「自由、民主主義、安全、アイデンティティー」を基本主張とするなど、外見的には主要政党においても見かけるような政策を掲げるようになった。一方で、BNPの本質は不変であり、 極右政党NFを穏健派に見立てただけとする声もある。08年にはロンドン市議会選挙において 初議席を獲得するなど、移民の増大や多文化主義に対する不安を覚える有権者の支持を集めつつあると見られている。(吉田智賀子)
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