「ユニバーサル・クレジット」で手当を統合
政府の福祉制度改革案について
今年5月の総選挙で誕生した保守党と自由民主党の連立政権は、教育や医療など行政の様々な分野で改革を行おうとしている。先月中旬には、福祉制度の大幅な改革案を掲げた白書が発表された。このまま実行されれば、1940年代以降で最大の福祉制度改革となることから、大きな関心を集めている。
英国の主な福祉手当
- ● 税控除(Tax Credits)
しばしば「税控除」と訳されるが、実態は銀行口座に振り込まれる福祉手当。子供を持つ親に支給される児童税控除(Child Tax Credit)、就労している低所得者に支給される就労税控除(Working Tax Credit)などがある。 - ● 住宅手当(Housing Benefit)
低所得者または失業者に対し、住宅費補助を目的として支給される。 - ● 児童手当(Child Benefit)
子供を持つ親に支給。現在は所得に関係なく支給されているが、2013年より高所得者への支給は廃止。 - ● 障害者生活支援手当(Disability Living Allowance)
心身の障害を持つ者に対し、生活支援を目的として支給される。 - ● 所得手当(Income Support)
低所得者に対し、所得補助を目的として支給される。 - ● 雇用・生活支援手当(Employment and Support Allowance)
障害または疾患のため就労できない、または就労能力が制限されている人に支給される。2008年、「就労不能手当」に代わる手当として導入された。 - ● カウンシル・タックス手当(Council Tax Benefit)
低所得者または失業者に対し、カウンシル・タックス支払いを目的として支給される。 - ● 求職者手当(Jobseeker's Allowance)
失業者または就業時間が週16時間未満で求職中の者に支給される。 - ● 介護人手当(Carer's Allowance)
週35時間以上、障害者のケアをしている人に対して支給される。受給者は、ケアの対象である障害者と血縁関係にある必要はない。
数字で見る英国の福祉制度
Source: Department for Work and Pensionsほか
- ● 570万人
就労年齢にある者で、雇用・年金省が支給する福祉手当のうち、何らかの手当を受給している人の数。(*) - ● 135万人
求職者手当の受給者数。(*) - ● 261万人
雇用・生活支援手当または就労不能手当の受給者の数。(*) - ● 39万人
障害者生活支援手当の受給者数。(*) - ● 年間52億ポンド(約6760億円)
政府が支払う福祉手当支給額のうち、支給ミスまたは不正受給のため間違って支払われている福祉手当の合計額。 - ● 740億ポンド(約9兆6200億円)
2009年度に就労年齢にある者に支給された福祉手当(税控除を含む)の総額。 - ● 85万人
今回発表された福祉制度改革が実施されれば、貧困状態から脱することができると政府が試算する人の合計数(子供も含む)。
(*)はすべて2010年5月のデータ。
改革で福祉制度を単純化
イアン・ダンカン・スミス雇用・年金相は11月中旬、福祉制度の抜本的な改革案を掲げた「ユニバーサル・クレジット:機能する福祉制度(Universal Credit: welfare that works)」と題する白書を発表した。
改革の主眼は、白書の題名にもなっている「ユニバーサル・クレジット」と呼ばれる新たな福祉制度の仕組みを創設することであり、その第一の目的は、複雑になり過ぎた福祉制度の単純化、合理化である。現在、福祉手当の種類は数十を超えており、この数の多さが、国民に混乱を来たしているばかりか、福祉手当の支給ミスや不正受給をも招いている。こうした現状を是正するため、白書は、現行制度下で就労年齢にある者に支給されている福祉手当の大半を、「ユニバーサル・クレジット」として統合するとの案を掲げている。統合される手当には、求職者手当、就労税控除、児童税控除、住宅手当、所得手当などが含まれる。
新制度下では、福祉手当受給者は、現在のように、受給資格のある手当を別々に申請する必要はなくなる。その代わり、今後新たに設定されることになる「ユニバーサル・クレジット」の基本額を受給し、それ以外に、個人の状況(心身の障害の有無、年齢、子供の有無など)に応じて追加額を支給されることになる。
失業者の勤労意欲向上策も
「ユニバーサル・クレジット」の制度には更に、失業者の就労意欲向上を狙いとした改革も盛り込まれている。現行制度では、福祉手当受給者が就労し、就労による収入が一定のレベルを超えたり、福祉手当受給額を超過した場合、福祉手当受給額を減額する2つの異なる仕組みが導入されている。この仕組みのため、たとえ失業者が仕事を見付けて就労しても、福祉に頼って生活していたときの福祉手当受給額と収入がほとんど変わらない、また福祉に頼っていた方が収入が良いというケースが珍しくないという現状が生まれており、失業者の就労意欲をそぐ結果になっている。政府は、こうした事情が、福祉に依存して暮らす長期失業者を生む背景にあるとして、福祉に頼って生活するより、就労した方が常に収入が良くなるよう、この2つの仕組みを改革する方針である。
求職活動行わないと手当支給停止
白書にはその他にも、失業者が積極的に求職活動を行わないなどの場合、求職者手当支給を1回目で4週間、2回目で最高3カ月間、停止するとの案も盛り込まれている。また、公共職業案内所である「ジョブセンター・プラス」の担当者が妥当と判断した場合、勤労に必要な規律を学ぶことなどを目的として、失業者に対し、最長4週間、社会奉仕活動を行うよう義務付けることができるとの案も含まれている。
政府は、来年1月、白書で掲げたこれらの提案を、「福祉改革法案(Welfare Reform Bill)」とし国会に提出する見込みである。現在の案では、同法案が予定通り立法化されれば、2013年より、現制度から「ユニバーサル・クレジット」への移行を段階的に実施し、17年10月までに移行作業を終了させる計画となっている。
William Beveridge
英国の著名な経済学者。1879年3月生まれ、1963年3月没。オックスフォード大学卒業。08年、商務省に入省し、職業安定所の制度創設などに関わる。第二次大戦中の41年、当時の政府から、社会保障制度及びその関連制度に関する調査を依頼され、42年にその報告書(通称「ビバリッジ報告書」)を発表。戦後の労働党政権は、同報告書の提案をほぼすべて受け入れ、後に「ゆりかごから墓場まで」と呼ばれることになる手厚い福祉制度を創設した。著著に「失業: 産業の問題(Unemployment: A Problem of Industry)」など。(猫山はるこ)
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