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Sat, 28 December 2024

第48回 賃金、物価、経済全体(その1)

経済全体を見るということ

これまで本コラムでは経済の色々な面を、世界的な見地(特に英国との関連)から、また政治との絡みから取り上げてきた。ただ一側面を見ているだけでは、経済全体の動きを見誤る。経済活動はモノやサービスの取引とその対価である金融取引とが対になって個人家庭、企業、国など公共部門、外国などが相互に関連して行われるものであり、その一部についての評価をする場合には、特にグローバリゼーションの下では全体との関連が重要である(経済学では「部分均衡では十分でなく、一般均衡分析が必要だ」などと言っている)。本連載も50回が近付いてきたので、世界経済全体という観点から何か見ることができないかと考えた。

その場合でもやはりどういった視点を持つか、ということが重要になる。全体の構造を見た上で、今どこに注目しておくべきか、ということである。今後、世界経済で大きな変動の原因となりそうなのは、個人や家計の動きだ。それは「どこでもコンピューター」といったいわゆるユビキタスな技術が普及した後では、企業よりも個人が先進技術を先に導入し、新たな市民社会が出来てそれが経済活動の中心になる、といった未来予測の話でなくても、ここ1、2年先を考える上で最も重要な視点なのだ。

そもそも産業革命以降から現在に至るまで、名もなき個人がもらう給料、手間賃、それをどれくらい貯蓄にまわし、どれくらい使うか(消費するか)ということが、経済活動の規模の7割近くを決定している。彼らの購買行動(消費行動)こそがモノやサービスの需給に直接影響し、その値段である物価上昇率を決めているのだ。そしてその物価上昇率すなわち、インフレ率こそ中央銀行の金融政策の目標である。

各国の消費者の動きの重要性

以上の点を踏まえた上で足許の世界経済を見ると、米国で景気が緩やかに後退し、米国企業が米国の労働者にどの程度利益を還元するか、すなわち賃金をどれだけ上げるかが、米国の消費の旺盛加減に大きな影響をもたらしている。そして米国消費の減少は、対米輸出国の日本、中国の景気に直結する。一方でそうした減少を中国、インド、日本などの消費自身が補えるのかどうかが景気持続の鍵である。さらに、そうした躍進国の消費が行き過ぎると物価高につながるという展開も懸念されている。

各国の消費者行動が経済のここ1、2年の行方に大きな影響があるということを理解いただくため、消費者の給与水準と物価が密接な関係にあることを事実として確認してみよう。

ユニット・レーバー・コストと物価

下の2枚の図表は、日本と欧米6カ国のユニット・レーバー・コストと消費者物価の水準変化を、90年代以前=100として書いたものである。ユニット・レーバー・コスト(ULC)とは賃金の伸び(前年比)から生産そのもの(GNPで代替)の伸びを差し引いた値である。

生産性が上昇した分は賃金が上がることが自然なのだが、生産の伸びを上回って賃金が上がると、企業としては収益が減る、すなわち企業がもうけを株主よりも労働者により多く分配していることになる。そうすると労働者はその分豊かになるため、消費を増やす可能性が高く、モノやサービスに対する需要が伸びるので、その分物価上昇に直接結びつくという訳である。表では英米でULCと物価の順序が逆になっている以外では6カ国の順序は変わらないことがわかり、ULCと物価水準は密接に関係があることがわかる。しかし問題はその先にあり、この6カ国の差はそれぞれの国が抱える経済問題、政治問題を端的に示している。次回からこの点を順次解明していきたい。

(2007年3月15日脱稿)

 

Mr. City:金融界で活躍する経済スペシャリスト。各国ビジネスマンとの交流を通して、世界の今を読み解く。
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