ニュースダイジェストのグリーティング・カード
Sat, 23 November 2024

第55回 「だいたい」と「いいかげん」

7月が来るたびに

また7月7日がやって来る。ロンドンの地下鉄駅を中心に同時多発テロが発生した日だ。2年前のあの日、あの時間には、キングス・クロス駅の手前で止まったノーザン・ラインに乗っていた。その後長い1日になったが、いろいろなことを学んだ。地下鉄もバスも止まり、黙々と歩いて帰宅する英国人。パニックもなく、翌日からbusiness as usualで仕事は普段とほとんど何も変わらなかった。そして、監視カメラの多さと犯罪捜査におけるその威力。1週間後、シティの路上において正午から皆が路上で黙祷する姿は、忘れえぬ光景となった。

それぞれの事柄は一見関係ないように見えるが、それでもこれらを通して英国社会と日本社会の違いをはっきり見たと思ったし、今でもその思いは変わっていない。大義や原則を大事にして、細部にこだわらず、大義からズレることに厳しい英国社会。細部の詰めには厳しいが、一旦出来た大義がそもそも何だったかを忘れて空気化してしまい、しかも大義を変えようとすると大変なエネルギーが要る日本社会。良し悪しは別に日本の行く末を考える時、英国社会に様々なヒントがある。

英国の大義とは

テロは犯罪、というのが大義である。テロを相手にせず、テロに屈せず、徹底的に叩いて、英国人の生命財産の保護を最優先に考える。その際、監視カメラによる人権やプライバシー侵害という議論は吹っ飛ぶ。二次災害を防ぐためには、交通機関を全面停止にすることも大義のためにやむを得ない。当然駅員に文句を言う人はおらず(というか、駅員がそもそもおらず)、遅延損害や交通費の弁償を要求する人も恐らくいなかったであろう。そしてテロに屈しないために、日常生活を絶対に変えない。さらにロンドン警視庁はアルカイダ予備軍へのおとり捜査を行い、1週間後には摘発した。成文憲法がないため、人権についてもマグナカルタや権利章典などの総体や慣習法としてしか、規定がない。英国人自身の常識やバランス感覚があらゆる事態への優越を意味しており、いざとなれば、政府は英国と英国人を守るためには何でもする。

ちょっとレベルは違うが、金融の世界でもそうだ。イングランド銀行の人は、いざという時には何でもする。中央銀行はかくあるべき、といった理屈は意味をなさない。シェル社が危機の時は石油も担保に取った、と言っていた。

おとり捜査にしろ石油担保にしろ、いずれも一般市民には公表されていない。米国なら情報公開法の下ではいずれ表沙汰になろう。マスコミも黙ってはいまい。一方、結局細かいルールはあってないようなもので、原則、大義しかないのが英国という気がする。政府はもとより、マスコミ、国民がそうだ。日常は細かいルールがないようなものだからかなりいい加減だが、そのブラブラ具合が、大義自身に挑戦を受けた時には威力を発揮し、迅速果断な行動となる。ただし、そうした構造は今なら低賃金の移民、歴史を遡れば大英帝国の遺産により支えられているのだが、その自覚は欠落している。

日本はどうなのか

東京は北朝鮮によるスパイのテロ活動にはほとんど無防備。ミサイル防衛すら自力でなく米国に依存している。第一、日本人はテロや戦争の覚悟などまったくできていない。エリートは役人、官僚であって、リスクを取らないことと同義。官庁間の調整による災害救助の初動の遅さも、つとに指摘されている。その上マスコミ、特にテレビは単なるやじ馬ときている。一方で情報公開、個人情報保護法、入札、コンプライアンス、日本版SOX法など現場の生産性を奪うような、重箱の隅をつつくような規則の増加ばかりの日本企業、官庁。だいたい(in principle)にすることができず、それをいいかげん(fudge up)と見て、細部へ分け入る日本人。

経済好調の下で、英国が唯一やりにくいと感じ、気を使う相手は米国だ。英国の防衛省高官が、「日本国憲法9条は研究に値する。英国に9条のような成文憲法があれば、米国に対しイラク攻撃参加を断る盾となれた」と言っていた。日本の改憲論争も、世界の安全保障情勢、経済情勢、米中の関係抜きに議論してもほとんど無意味と思う。日本人は自分も含めそこまで成熟していない。年金問題がなくても、憲法で参議院選挙は戦えまい。細部追求が始まった年金問題で、安倍政権ははっきり黄信号点滅だ。日本の新聞には麻生氏の顔が目立つが、英国での講演はいただけなかった。先進大国では政治家が貧相なのはどうしてだろうか。

(07年6月20日脱稿)

今回は経済というよりも政治の話になった。コラムの主旨に正面から合うものではないが、経済問題を考える際の視点の提示といった意味で必要性を感じて執筆に至った。

 

Mr. City:金融界で活躍する経済スペシャリスト。各国ビジネスマンとの交流を通して、世界の今を読み解く。
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