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Mon, 25 November 2024

第90回 9月の市場混乱から その4 ‐ 給料や交際費の妥当性

インベストメント・バンカーの年収

「9月の市場混乱から」と題して、本稿第87回では財政負担や市場への流動性供給に関する国家主権と国際協調との緊張関係について、88回では今後の規制のあり方としてリスクを説明できることの重要性と過度な規制の危険性について、89回では英米の失政について述べた。ただ、いくら国民国家や国際協調が後始末をしても、また金融取引を規制しても、結局は金融機関やその取引相手となる市民が気を付けるほかない。リスクを十分説明できない金融機関とは取引しないというのが自衛策なのだが、プロとアマの間には情報格差があるので、一市民にできることにも限界がある。何か良いリトマス試験紙はないものか。

筆者の経験では、根拠もなく強気になる企業は、社員の給料や交際費がどこかしら普通の感覚を超えているように感じる。そしてそれを普通と思っているか否かが、リトマス試験紙になるような気がする。最近はともかく、ここ数年、ロンドンのインベストメント・バンカーの年収はちょっと異常だった。為替のチーフ・ディーラーのボーナス込みの年収が600万ポンド(約11億円)、巨大金融グループであるHSBCの最高経営責任者で200万ポンド、マネージング・ダイレクター級でも50~100万ポンド位はざらにいた。

筆者もいろいろな催事に誘われたことを記憶している(とても参加などできなかったが)。ヘッジファンドや政府系の外貨準備運用機関を、ゴルフの聖地と呼ばれるセント・アンドリュースに招待してのレッスン・プロ付ゴルフ・ツアー、ウエスト・エンドの劇場を借り切ってのミュージカルへの顧客招待、毎年冬にロンドンのサマセット・ハウスに設置されるスケート場での社員パーティー、チェルシー・フラワー・ショーの会場をこれまた借り切ってのパーティーや、インベストメント・バンクが催したロンドン近郊のスパでの1週間の研修事業など、書けば限がない。極めつけは、ヘッジファンドの若者に2次会の後で、「これからコモ湖(イタリア)に自家用ジェットで行くから来ないか」と誘われたことだった。

どれ位の収入が妥当か

確かにインベストメント・バンクの仕事は、あらゆる情報を入手、咀嚼し、行動するために24時間神経をすり減らす。決してやっかみで言うわけではないことを予め断っておくが、しかし年収20~30K程度の給与が与えられる仕事の30倍や50倍もの社会に対する付加価値を、彼らが生み出しているとは到底思われない。天才的な芸術家、スポーツ選手、作家、世の中を一変させるようなイノベーションある製品を生む企業家といった人々が年収100万ポンドというのであれば納得もできるが、インベストメント・バンクのバンカーの儲けには、世の中の先行きに対する読みの優劣が大きく影響する。もともと先行きは不確実であり、先を本当に読み続けられる天才はそう多くはいない。大多数のインベストメント・バンカーは、美人投票でほんの1カ月程度の先を読んでいるに過ぎない。

そうした仕事にも、もちろん社会的な意義はある。金融市場の指標が、企業活動や個人投資、政府活動のベンチマークになるからだ。しかしながら、1カ月程度の先を市場の流れで読む仕事が、そう付加価値の高い仕事であろうか。それ自体に付加価値がさほどないにも関わらず、金融機関が収益を上げられるとすれば、市場における寡占利潤かまたは規制によるレント(恩恵)があるからなのではな いだろうか。

普通の感覚の取り戻し方

給料や交際費における普通の市民感覚とのズレを正すという役割を担うのは、まず金融機関の株主である。人件費や交際費を株主総会で開示させ、その妥当性を精査すべきであろう。その先はディスクロージャーによって取引相手が確認する必要がある。英国4大銀行やインベストメント・バンクのディスクロージャー誌をみても、最高経営責任者の給与以外は開示されていない。交際費はその費目すら詳(つまび)らかではない。取引相手は、こうしたことについて公開を求めていくべきではなかろうか。逆にこれを公表した企業は信頼性を増すと思うが、どうだろうか。

それでも金融機関に大きな利益が残るようであれば、反トラスト法の活用や規制の恩恵部分に課税することを検討すべきだろう。他人の懐を云々することは趣味に合わないのだが、金融本来の姿を取り戻すためにも、まず普通の感覚を取り戻すことが重要と考える次第なので、本稿を敢えて書いた。

(2008年9月28日脱稿)

 

Mr. City:金融界で活躍する経済スペシャリスト。各国ビジネスマンとの交流を通して、世界の今を読み解く。
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