米国が仕掛ける揺さぶり
最近、中国の経済発展や中国企業の活躍、さらには欧州や日本企業による中国進出、合弁提携などについてのニュースを見ない日はない。G7も影薄く、G20が世界の金融・経済を議論する場になっている。米国はG2として中国を持ち上げ、中国も、自分たちは発展途上国、つまりは第三世界のリーダーなのでとてもとてもと謙遜しつつ、欧州連合や日本を越えたことについて、自尊心をくすぐられて満更でもない風である。
こうして中国への注目が高まるにつれて、元々あった大国意識が中国人の中で覚醒した一方、国内では警戒論も強い。「G2などは人民元切上げを狙った米国の陰謀で、その手には乗るまい」「日本の失われた10年の原因は、プラザ合意でうかうかと米国の口車に乗ったためだ」と中国当局者は口を揃えて言う。米国も、そうした為替問題についてあからさまには言及しない。
しかし、最近のニュースを見ていると、米国が為替問題をゴールに置いて、中国に揺さぶりをかけ始めたことは間違いないと思う。1月の一般教書演説で「今後5年で輸出倍増」を打ち出したが、対外競争力のない米国製品に輸出増加という結果を短期間に求めるのは不自然であり、実際のところは、政治力を使って中国に為替調整を要求するというメッセージであるとしか読めない。そして、台湾への武器売却の正式決定と続いている。これも政治的な恫喝の気味がある。
中国の対抗とボルカー提案
当然、中国も黙っていまい。最大の武器は、世界最大の保有量を誇る米国債をこれ以上買わない、場合によっては売却するということをちらつかせることであろう。米国債売却が現実になれば、米国債が暴落し、米国の長期金利が急騰、ドル高になり輸出拡大は難しくなって経済戦争勃発と言うことになる。しかし、米国はもうひとつくせ球を繰り出している。金融業の規制に関するボルカー提案である。
ボルカー提案は、①米国の金融機関のうち、銀行がヘッジファンドや投資ファンドに投資することを禁ずる ②投資銀行(証券業務)を営む銀行は、市場からの借入に上限を設け、レバレッジ拡大を抑止する ③世界の大手30行にも同様の規制を協調してかけることを各国当局に求める、という内容である。要するに、銀行が証券業務を兼営することをバブルの元凶と考え、伝統的な預金と貸金の銀行業務と証券業務を分離し、銀行が市場から資金調達してレバレッジをかけ、ファンド等に資金を無制限に供給することにフタをするものである。G20やBIS(国際決済銀行)で検討中の金融機関の自己資本比率規制を強化するとか、会計ルールを強化するとか、高額報酬を規制するといった、間接的で、チマチマした規制強化よりも、今回のサブプライム問題、証券化の行き過ぎに対してはずっと本質的かつ直接的な対応である。大銀行を持つ日欧も正面きっては反対しにくい内容であろう。
新興国への資金流入反転リスク
現在、ファンド等の投機資金は、中国、東南アジアに大幅に流入している。各国金融当局がこぞって心配しているのは、90年代のアジア危機のときのように、こうした投機資金が一斉に引き上げられ、自国でドル不足となり、国際通貨基金(IMF)のお世話になる事態が再来することである。だからこそ、資本流入・流出規制が各国で真剣に検討され始めている。ボルカー規制により中国からファンド・マネーが逃げ始めればどうなるか。
前回も書いたように、中国は昨年、成長率8%に対し、銀行貸出が30~40%も伸びた。どうみてもバブルである。既に中国当局は、窓口指導強化など軟着陸に乗り出したが、ここでファンド・マネーが一気に引き揚げると、不動産価格暴落になる。バブル崩壊は銀行の不良債権を生み、経済活動は一気に収縮するという、日本人にはお馴染みの話である。ボルカー提案は、内容は傾聴に値するが、世界経済にとって、そして米国経済にとっても諸刃の剣になろう。米国の輸出先が中国なら、ボルカー提案は角を矯めて牛を殺す可能性がある。G7の人民元討議に注目だ。
そうなると、次に米国の輸出先として注目が集まるのはどこか。いうまでもなく日本である。米国は日中両国に緩やかな為替調整や市場開放を求めて来る。普天間問題を抱えた鳩山政権は、靖国問題で中国を敵に回した小泉政権と、同じように不用意に大国を敵にした感がある。経済・軍事で包括的なパワー・ゲームを始めた両大国の狭間で、局所的な難問だけを主張している我が国の政権はあまりにも子供に見える。
(2010年2月1日脱稿)
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