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Tue, 19 November 2024

第127回 ブラック・キャブでおしゃべり

ブラック・キャブの研修

独特のコックニー訛りがきつくて、話していることの半分以上が分からないことも多いが、ブラック・キャブでのおしゃべりは楽しい。筆者は、キャブに乗るといつもドライバーと話をして、景気とかその街のことを聞く。英語のよい勉強になるし、経済について、そうか! と思うヒントもあるからだ。例えば、3、4年前、スペインに別荘を買ったと自慢し、さらにもう1軒買うと豪語していたドライバーがいた。しかも平日も週末も、必ずゴルフに出掛けるという。ブラック・キャブのドライバーになるための資格試験が難関であるとはいえ、彼らはそんなにも儲かっているのかと思った記憶がある。今となっては、やはりバブルだったのかと思う。

ところで、キャブの新人ドライバーが、「客が好まない場合にはおしゃべりをしない」ことを学ぶ研修を受けることになると新聞に出ていた。ミニ・キャブとの競争が激化しているブラック・キャブでは、ロンドンの通りやビル名をよく知っているだけでは足りず、他の接客業同様のホスピタリティーを学んで、競争力を高めるとのこと。確かに、ドライバーとのおしゃべりを喜ぶ人もいれば、そうでない人もいる。ロンドン市当局は、ほかにもドライバーたちに、客への対応の改善を求めていくそうだ。

思うに、客がNOと言っているのに話し掛けるドライバーはまずいないだろうから、研修の主眼は、おしゃべりのみならず、万般にわたって、ホスピタリティーをドライバーに心掛けさせるということであろう。しかし、果たしてその試みは成功するだろうか。

研修は成功するか

ブラック・キャブとミニ・キャブが競合する分野はどこか。ブラック・キャブのドライバーは、通りやビルの知識が豊富、料金をごまかさない、だまさない、悪いことを客にしないなどの理由から、流しでは圧倒的に強い。一方、大きな荷物を持ってヒースロー空港に行く場合、または格安航空券で真夜中に戻ってきたスタンステッド空港から帰途につく場合は、ミニ・キャブの方が安い(そうでないと、ミニ・キャブの意味がない)。つまり、予め決まった長距離を行く場合は、信頼できるミニ・キャブを利用する方が合理的となる。

両者が競合するのは、短中距離ハイヤーだ。信頼できるが料金は高いブラック・キャブか、値段が安い、顔なじみのミニ・キャブか。ミニ・キャブ自体が顔なじみによる信頼と人間関係を既に売り物にしているとすれば、ブラック・キャブがコストをかけてホスピタリティーを向上させても、ミニ・キャブとの競争力強化という点では、その効果が大きいのかどうか疑問がある。さらに流しでは、どのキャブがそうしたホスピタリティーを持っているのかが識別できない。そうだとすると、研修の実を上げるためのアイデアは、識別のためのブラック・キャブのランク分けである。この点、東京の個人タクシーには3ツ星がついているものがあるが、これは任意申請ということでランク分けのための制度として成功してはいない。

根本問題は独占的な料金設定

もっとも、今回のロンドン市の試みが全く無意味という訳ではない。ドライバーのマナーやホスピタリティーの向上自体が、ミニ・キャブではなく、バスや地下鉄、マイカーなどの利用者を奪うような何か別の商品性を生む場合や、それが無理でもロンドン市の観光地としてのイメージが一 段と向上し、観光客が増えて流しの収入が増えるケースもあり得る。

ただ根本問題は、やはり料金であろう。ブラック・キャブの料金は毎年、市がコスト増加部分を計算し、ほぼフルに料金に反映させている。公表されている2010年のコンサルテーションでは、原価率39%に対して、粗利61%である。ブラック・キャブの運転手が個人事業主ばかりだとはいっても、粗利6割はかなり高いのではないか。

ブラック・キャブが独占的な価格設定をしているからこそ、ミニ・キャブがハイヤーを通じてシェアを拡大している。サッチャー政権なら自由化を進めた分野であろう。日本では小泉政権が実施したタクシーの運賃自由化の針が逆に戻りつつあるが、英国ではそもそも、ブラック・キャブの独占価格に対する批判があまり聞かれないのが不思議である。結局、今回の研修は、じわじわとミニ・キャブがシェアを拡大する中で、ごく若干の価格調整だけで、ブラック・キャブ側の独占価格を守るための批判予防策と考えるべきだろう。穿(うが)ってみれば、独占ももはや安泰とは言えまい。

(2010年3月17日脱稿)

 

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