総選挙の焦点
5月6日に、英国総選挙が行われる。最大の論点は経済政策だ。特に財政での手の打ち方が問題になる。まず、サッチャー、ブレア政権の経済運営が大きな蹉跌(さてつ)をきたした後に行われるこの選挙は、これらの政権の評価にも関わる歴史的な意味を持っている。また中規模の先進大国が抱える問題が象徴的に表れた英国の悩みは、将来の日本の悩みとも重なる部分があるので、日本人にとっても注目する価値があろう。
サッチャー政権は、北海油田の余得を享受しつつ、規制緩和と歳出削減で英国病克服を果たした。そのお陰でできた財政的な余裕から、ブレアは社会福祉と教育にある程度お金をかけることができた。この間、強いて言えば金融業と深い関連のある大学等における研究開発費の増強以外については、労働党の産業政策は特になかったと言える。製造業は規模を大きく縮小する一方、ロンドンの金融市場には海外からの進出が相次ぎ、ノーザン・ロックの破綻までは非常に景気が良かった。当時のブラウン蔵相が、ロンドンでのG7記者会見で、「英国はウィンブルドン方式で外国金融機関を誘致して栄える。グローバリゼーションを最も享受できる国は英国だ」と豪語したことを思い出す。金融関係者の給料が非常に高く、すし屋での食事に法外な値段がついていたのは記憶に新しい。
ところが英国内の不動産価格のピークアウトによるノーザン・ロックの破綻、証券化商品の下落に伴う投資銀行の喫損(きっそん)により金融が冷え切った。ウィンブルドン方式の帰結で、グローバリゼーションによる世界経済の変動の影響を最も受けたのも英国であった。そこで各党とも目を付けているのが、金融のみに依存しない産業政策である。
決め手に欠く3党の政策
労働党のマンデルソン企業相は、戦略的に競争力ある企業に積極的に投資し保護を講じるという、産業積極関与主義(Industrial Activism)者である。一方の保守党は、投資減税、法人税減税を行い、過度な規制を減らして、政府の関与を抑えることで経済を活性化させる方針を掲げている。また第三党の自由民主党は、金融への過度な依存を生みだしたサッチャー、ブレアを批判しつつ、銀行による責任ある融資、地域ファンドや地域証券取引所による地域企業の活性化、過度な規制の削減、郵便貯金再国営化などを訴えているが、規制緩和はともかく、金融への関与だけで英国の産業が活性化するかどうか、そのメカニズムの説明が十分ではない。
経済界が保守党に傾いているのは報道の通りであるが、いずれの政党もどうも決め手を欠いているというのが大多数の国民の印象ではないか。各党とも他党批判は立派なのだが、いずれも、そもそもいったん衰退した製造業が本当に競争力を取り戻せるのかという根本問題に対する自らの答えがない。「ビッグバン」と呼ばれた金融制度改革を実現したサッチャー女史や「第三の道」と名付けた中道政治を目指したブレアのような哲学が見られないということである。
あるべき政策論とは
この点、米国や日本、ドイツでは、概念の詰めこそ十分ではないが、「環境を産業とする」「アジアなど新興国需要を取り込む」という考えを経済モデルにしようとしている。英国の製造業に、有力な企業 があることは否定しない。だがやはり対外競争力があるのは金融業であり、研究機関であり、英語を中心とする教育産業、そして何より英国のライフスタイルに関わる生活産業であろう。
こうした産業は他国が真似しようとモデルにしているものであり、中流以上の英国人はそれで十分食べていけるものである。そうなると結局は、非正規や移民などの労働者の生活が焦点となるべきではないか。その場合、労働党は、失業者など社会的弱者の救済をもっと訴えていいし、保守党も移民の是非や移民の母国であるアフリカ諸国との経済関係強化を訴える余地がある。こうした主張を政治家が十分PRしていないように思う。
このままでは、各党とも過半数は取れまい。第一党が保守党となる可能性が高いと報道されているが、政権を取っても単独では政策を通せない。そうなると、単独政党で弱い政治になるか、連立を組むかが選択肢となり、現実的には自由民主党へ保守・労働党からラブコールが送られることになろう。いずれにせよ哲学のない政治には期待できないと思う。
(2010年4月13日脱稿)
< 前 | 次 > |
---|