米国茶会党のパーティー
最近、大衆の意思表示のかたちに興味を持っている。政治的意思の表明は選挙という形式が最も端的なのだが、選挙のように何年かに一度ではなく、必要なときに集団で行動する、公に意見表明することは、大きな社会的、政治的な意味を持つ。
そうした意見表明の仕方は様々だ。米国では、金融機関への公的資金投入に反対して、WASP*の保守派を基盤とした草の根市民運動「ティー・パーティー・ムーブメント(茶会運動)」が、小さな政府を標榜して支持を広げている。その支持拡大の方法がユニークだ。メンバーの家で茶会を開き、政治談義をする。ツイッターで論争し、ブログにアップする。ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)のミート・アップ(見知らぬ者同士がテーマを決めて集まる小集会のアレンジ)を利用する、といった試みを行っている。
財政規律を重んじる「財政保守」にとどまらず、人工妊娠中絶反対派やキリスト教福音派などの「社会保守」が合流するという動きも目立ち始めた。ブログにキリストの絵を登場させ、御言葉を伝えることもあるという。一部団体は、中間選挙でオバマ民主党の有力議員の再選阻止に加え、ジョン・マケイン上院議員など中道穏健派の共和党有力議員を落選させるための取り組みまで進めている。オバマを当選させるエネルギーとその反対の動き、いずれにせよ、米国の若さを感じる。
英国のNPOと中国の散歩
英国では、ネットでの政治活動や小さなパーティーでの政治談義は、選挙のとき以外はあまり活発ではないように見受けられる。デモにしても、けが人が出て大きく報道されるようなものは、最近では1名の死者が出た昨年のG20金融サミットでの抗議、3年前に発生した原油高騰時におけるトラック運転手の集合、イラク戦争のときの議会前の座り込みといった程度しか思い当たらない。ロンドン郊外のサウソール(Southall)、ブリクストン(Brixton)、バーミンガム郊外のハンズワース(Handsworth)など、70年代から80年代初頭にかけて移民が集中する街で大規模な暴動が起きたが、今では落ち着いている。
選挙運動に関しては、その内容は自由ながら、資金面で強い規制があるので、代わって戸別訪問、マニフェスト配布など極めて大人の対応がなされている。民衆が大人なのか、政府が巧妙なのか判然としないが、英国ではNPOの保護育成という形で政治的な意思表示も含めた活動がかなり制度化、社会化されているのではないか。英国政府は、NPOを資金面で援助しつつ、ガバナンス面でも組織、制度、規則などで指導し、政策の一部に取り込んでいる。またそのことで、NPOの存在が他国に比べ非常に大きいと感じる。
一方、中国では、共産主義の下で自由な選挙はない。しかし急激な経済成長とバブルの下で、貧富の格差が拡大し、汚職などが横行する中で、大衆の意思表示は一段と明確になっている。賃金格差を理由とする工場での自殺、ストライキ、そしてネットによる世論形成。これを中国共産党は非常に気にしている。そして最近の注目は、「散歩」だ。化学工場建設による公害に抗議して、5大経済特区の一つである履門(アモイ)で市民が黄色いリボンをつけて大通りを静かに散歩する。シュプレヒコールのない、大勢の中国人民の散歩。市当局は工場建設を延期し、計画を再検討せざるを得なかった。2005年の反日デモと比べて成熟ぶりを感じる。
日本のアパシー
9月には民主党代表選挙が行われ、小沢氏が党を割って自民公明と組むのかといった憶測が流れるなど政治的な混乱が続く日本ではどうか。NPOは拡大しつつあるが、政治にネットやSNSを利用するという動きはそう広がっているわけではなさそうだ。デモはもちろん、散歩するエネルギーも感じられない。活況なのは、朝まで生テレビ的なワイドショー化したテレビによる世論の誘導と、それに乗って大きく振れる世論である。
一方で、精神的なひきこもりが表面数字で60万人、水面下に隠れた分も考えると、人口の1~2%がうつだという。そうした中で突発的かつ衝動的な事件が起こり、自殺者が3万人に達した。大衆は孤独な個人になると非理性的に暴れるか、自殺による抗議しかしなくなってしまう。NPOの制度化も緒についたばかり。こうした中で高齢化が進み、テレビに振られる日本の大衆の意思表示は、世界の中でも特異化しつつあるのではないか。
(2010年8月18日脱稿)
* アングロ・サクソン系、白人、プロテスタント教徒の米国人
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