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Tue, 19 November 2024

第140回 ロシアの穀物輸出停止の影響

穀物価格への目先の影響

ロシア政府は8月15日に穀物輸出の一部停止を発表した。ウラル山脈以西での猛暑による干ばつが深刻化し、今年の穀物生産が平年の3分の2程度に留まることが確実と見られたために講じた予防措置である。これを受けて穀物相場は軒並み急騰。特に小麦の価格は、シカゴで1ブッシェル(約27キロ)=8ドル前後までつけた。

しかしながら、その後反落し、7ドル前後で推移している(ここ10年間の価格推移は右記グラフ参照)。価格水準も2年前の半分程度に留まっている。小麦に限らず、大豆やとうもろこし、原油価格も上昇したが、サブプライム・ローン問題発生前となる2年前ほどではない。欧米を中心に景気の先行きが読みにくくなっていること、中国における不動産価格抑制のための金融引き締めが実体経済にも及ぶリスクがあることから、穀物や原材料の需要が、市場が取引目処としている3カ月から1年程度の間に一段と拡大するとの予測は少なく、価格の先高感に盛り上がりが見られない。さらに穀物のように長期保存が利かず、決済するまでの期間が限られている商品は、短期間の取引量が多く、長期的な見通しを立てるのは難しいとの見方が市場を支配している。

価格上昇リスク

しかし、安心していいのだろうか。中国を始めとする新興国における消費拡大から、もっと長期的には穀物価格が一段と上昇する可能性は高い。国連は、2050年までの40年間に食糧消費の7割増加を見込む。また金融緩和の拡大により、世界的に行き場を探しているお金がその市場に大量に供給されていることも、価格の変動=ボラティリティーを大きくし易い要因である。ロシアの干ばつ次第では穀物に投機資金が流れ込み、長期的には、穀物価格が上方に大きく振れていく可能性がある。そうした場合、為替相場が重要だ。即ち円高であれば日本では輸入価格がそう上がらずに済むが、円安なら商品価格上昇とダブル・パンチで輸入物価が高騰し、国内物価も上がる可能性があるということだ。ポンドが安い英国では物価に直接響いてこよう。

日本では円高を問題にする論調が多いように見えるが、中長期を考えると、食料とエネルギーを自給できない日本において、円安は、穀物や原材料価格の需給を理由とする値上がりを一層上振れさせることになるので、消費者物価の上昇に直結する。現在の円高は、米国経済、特に住宅ローンの不良債権問題が市場の予想以上に深刻であるために資金が円へと流れているのが原因で、日本経済が特に好調だからというわけではない。そうだとすると、米国政府、オバマ政権が11月の中間選挙に勝って、住宅ローンの不良債権の処理を扱う米国連邦住宅金融抵当公庫や連邦住宅抵当公庫の経営問題に手をつけ始めると、米国経済の回復への期待が強まり、一気に円安になるリスクがある。ユーロ、ポンドはより一層安くなろう。通貨安は、穀物や原材料価格の高騰と相まって、国内物価の大きな押し上げ要因になる。

金融市場、食糧の安全保障

今、投資銀行によるM & Aの対象で最も人気を集めるのが、農業関係会社だ。カナダのカリ肥料生産会社への、鉱物メジャーであるBHPビリトンからの敵対的買収オファーが市場では話題である。鉱物資源も食糧も、長期の値上がりを見込む投資家の関心は高い。中国政府は、自給できないカリ肥料が鉱物メジャーに支配されることを嫌い、国営会社による対抗を検討中との見方もなされている。いずれにせよ、金融市場において、食糧生産やそれに関連し不可欠の肥料生産にかかる独占、寡占を狙った動きが加速していることには注意を要する。

食糧自給、食糧安全保障といった問題は、英国人や日本人にとっても他人事ではない。原則論としては、世界貿易においては食糧は輸入すればよく、価格は市場で調整してくれるのだが、自国通貨が安ければ高いものを買わざるを得ず、自給率が低ければ交渉力も弱いということになる。金融市場に振り回されないためにも、個々人の食生活を出発点に、国家レベルでの長期のビジョンを要する。

(2010年9月2日脱稿)

 

Mr. City:金融界で活躍する経済スペシャリスト。各国ビジネスマンとの交流を通して、世界の今を読み解く。
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