原子力発電への影響
この原稿を書いている2011年3月12日の段階では、東北地方太平洋沖地震発生の翌日に起きた福島第一原子力発電所の爆発による放射能の大量漏れは避けられている。仮に放射能漏れが起これば、かつてチェルノブイリやスリーマイル島が経験した放射能の雨が東京を含む東日本に降ることになる。そうなると日本人の生命身体や日本の自然が何世代にもわたって蝕まれる恐れがあり、最悪の事態は免れる公算が強くなったと思われる。
現在は、核分裂を行う場である圧力容器やそれを格納する鉄製容器に海水を注入して原子炉を冷やしているという。海水には不純物が多く含まれているため、原子炉を再び使用することは考えにくい。そうなると、福島の原子力発電所の建設に投入した何千億円という投資を捨てることになる。被爆(ばく)を避けるという観点からはやむを得ない判断だったとは思うが、原子力発電の推進には疑問符が付くことになる。
英国や米国などでの原子力発電の再設置については、安全性のみならず、経済効率性の観点からも大きなブレーキがかかるのではないか。太陽光や風力といった代替手段には小さな発電量しかないとすると、輪番で地域ごとに停電させるといった措置が取られることになり、当面は節電モードになるであろう。人類の生命としての傲慢に対する警告と考えるべきか。ともかく、中期的には水力発電が再度注目されるのではないか。
経済への影響
次に、東日本大震災による日本経済の影響について考えてみたい。まずは日本国内の製造業だ。特に福島県や宮城県の半導体、自動車、各種部品などの生産が回復するのに1カ月以上はかかる。すると、そうした工場で生産している財を部品とする日本全国やアジアさらには欧州など世界中の企業の生産が止まることになる。分かりやすい例で言えば、瓶などのキャップのパッキンを作っている福島の工場が被災することにより、ビンのキャップが作れなくなる。キャップができなければ、飲料、化粧品、薬品などの製品の出荷ができない。そうしたボトルネックによる大きな生産停滞が、日本のみならず世界中で生じることになろう。
リーマン・ショックほどではないが、今回の地震は相当な生産の低下をもたらし、経済を冷やすことになる。雇用には悪影響となり、自粛ムードとあいまって消費を大きく冷やす。そうなると小売業や卸売業をますます苦境に追い込むことになり、金融面にもしわ寄せがくる。日本を含む先進国では、リーマン・ショック後、政府が大きな財政対応を行い、中央銀行が金融を緩和することで経済が底割れすることを防いできたが、その措置の継続を正当化できるような状況になったため、日本ではそうしたセーフティー・ネットを外すことが一段と難しくなったと思われる。税と社会保障の一体改革もほぼ確実に見送られるだろう。
そのほか、今回の大地震による日本経済への影響を順不同で以下に予想する。
● 死者数の増加による消費の一段の低迷
……被害が今後明らかになるため
● 日本株の下落と日本国債価格の下落
……経済、財政悪化のため
● 建設株や資源株の値上がり
……復興需要のため
● 日銀による大量の資金供給
……復興と国債の価格を支えるため
● 物価全般の値上がり
……復興需要、仮需要
● 魚の値上がり
……漁港が壊滅しているため
● 歌舞音曲、スポーツなどの自粛による消費、旅行の低迷
……被害が大きいため、さらに連日の報道で国民の心理に大きなショックが残るため
2011年という年
終わりになるが、今年の年頭に経済は「凪」であると書いたが、今回の地震、北アフリカや中東の民衆による独裁者への反乱、豪州などの洪水、ロシアの干ばつ、日本における政治の混迷など、数々の出来事が経済に大きな影響を与えている。経済のファンダメンタルズはそう悪くないのだが、やはり人類は、経済以前の生き方や環境、特に自然への姿勢などといった根本的な問題に直面しているのだと思わざるを得ない。これまでの現実を前提とする「政治」という機能を使っての問題解決には限界がある。社会や市民というレベルでの活動や考え方の整理こそが近道であることがはっきりしてきたと思う。2011年はそういう年として歴史に残るのではないか。
(2011年3月12日脱稿)
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