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Tue, 19 November 2024

「The Financial Times」紙って、
一体どんな新聞なの? - 小林恭子

第6回 FT がピンク色になった理由とは

編集中のニュートン編集長(写真中央)の写真
編集中のニュートン編集長(写真中央)の写真などを掲載した「フィナンシャル・タイムズ100年史」

英国で新聞各紙が小売店の棚に並ぶとき、ひときわ目立つのが、薄ピンク色の新聞「フィナンシャル・タイムズ」(FT)です。なぜこんな色になったのでしょう。

1884年、米国でジャーナリズムの経験を積んだハリー・マークス青年が日刊紙「フィナンシャル・アンド・マイニング・ニューズ」を創刊しました。このとき29歳です。やや長い名前だったため、創刊から数カ月後には「マイニング」を取りました。当時、株の売買をする投資家は富裕層が中心でしたが、次第に中流階級にも広がり出していました。投資家の立場に立って、金融情報を素早く伝える媒体を作りたい――マークスにはそんな思いがありました。

4年後、ライバル紙が登場します。印刷業者ホレイショ・ボトムレーやダグラス・マッカラエが経営を担った「フィナンシャル・ガイド」紙でした。こちらも創刊から間もなくして「ガイド」を取り、「フィナンシャル・タイムズ」へと改名します。

2つの新聞は互いをライバルと見て、紙面で記事や広告を批判し合うなど熱戦が続きました。1893年、FTのマッカラエ編集長は他紙と差をつけるために紙面をピンク色にしました。その方が印刷代が安かったとも言われています。当時紙面がピンク色だったのは「ピンク・アン」(ピンク色のあれ) と呼ばれるスポーツ紙「スポ―ティング・ニューズ」のみでした。今でもFTのあだ名は「ピンク・アン」です。

第二次大戦が2つの新聞の運命を大きく変えてゆきます。戦時中、物資不足を補うため、英国の新聞は新聞用紙の使用に制限をかけられました。部数が減り、ページ数が減ればそれだけ収入も減ってしまうので、新聞界は経営難に苦しみました。

1945年、保守党から労働党へと政権が交代します。労働党は「ビジネスには優しくない政党」というイメージがあり、当時のFTの所有者キャムローズ卿は、金融ジャーナリズムの将来に希望を失ってしまいました。そこで、FTの売却を決意します。売却先はなんと、長年のライバル、フィナンシャル・ニューズでした。同年10月、2つの新聞は一つになりました。経営陣や編集スタッフは調査報道で一目置かれていたフィナンシャル・ニューズが中心となりましたが、名前は「フィナンシャル・タイムズ」としました。現在のFTの歴史がここから始まります。

FTのジャーナリズムの基礎を作ったのはゴードン・ニュートン編集長(在職1949~ 73年)と言われています。自分が率先して働くタイプで、記者には「原稿の正確さ、新鮮さ、明確さ」を徹底して求めたようです。FTの社史を書いた作家によれば、ニュートンはFTの最初の100年間で「最も重要な人物」だそうです。

ニュートンについて調べていて、思わずにやりとしたことがあります。ニュートンは筆者と同じ、ロンドン南西部のある駅から通勤していたことが分かったのです。都心までは現在の電車では30~40分。昔はもっとかかっていたかもしれません。午前9時にはオフィスに到着していたと言いますので、8時には家を出ていたでしょう。帰りは最終版を出す夜中以降になったそうです。働き蜂の編集長がこのプラットフォームの上を歩いていたかも知れないと思うと、FTへの親近感がぐっと深まる思いがしました。次回はFTのジャーナリズムの中身を見ていきましょう。

 

小林恭子小林恭子 Ginko Kobayashi
フィナンシャル・タイムズの実力在英ジャーナリスト。読売新聞の英字日刊紙「デイリー・ヨミウリ(現ジャパン・ニュース)」の記者・編集者を経て、2002年に来英。英国を始めとした欧州のメディア事情、政治、経済、社会現象を複数の媒体に寄稿。著書に「英国メディア史」(中央公論新社)、共著に「日本人が知らないウィキリークス」(洋泉社) など。

「フィナンシャル・タイムズの実力」(洋泉社)
日本経済新聞社が1600億円で巨額買収した「フィナンシャル・タイムズ(FT)」とはどんな新聞なのか? いち早くデジタル版を成功させたFTの戦略とは? 目まぐるしい再編が進むメディアの新潮流を読み解く。本連載で触れた内容に加えて、FTに関するあらゆることが分かりやすく解説されている一冊。

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