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Sun, 22 December 2024

木村正人の英国ニュースの行間を読め!

第40回 和解に必要なのは「裁き」か「真実」の記録か

和解に必要なのは「裁き」か「真実」の記録か

英国・北アイルランドのカトリック過激派、アイルランド共和軍(IRA)の政治組織シン・フェイン党のアダムズ党首(65)が4月30日、北アイルランド警察庁に逮捕され、4日後に釈放された。42年前に、10人の子供を女手1人で育てる未亡人が拉致・拷問の上、射殺され海岸に埋められていた事件を命令したという容疑である。

北アイルランドの帰属をめぐって英国からの分離とアイルランドへの併合を求めるカトリック系住民と、英国の統治継続を求めるプロテスタント系住民が対立し、爆弾テロなどで約3500人の犠牲者を出した北アイルランド紛争。1998年の和平合意を経て、北アイルランド自治政府が発足し、カトリック系住民とプロテスタント系住民の和解が進む。しかし、テロの闇と対立の桎梏(しっこく)がいくつも残されている。

 

核心問題の一つがIRAやプロテスタント系準軍事組織、英治安部隊がかかわった犯罪行為の処罰である。アダムズ党首が容疑をかけられた未亡人殺害事件はその中でも、最も残忍で残酷な事件としてカトリック系住民の記憶に生々しく刻まれている。

被害者はジェーン・マコンビルさん(当時37歳)。マコンビルさんはプロテスタントだったが、元英軍兵士でカトリックの夫と結婚、カトリックに改宗した。72年1月に夫はがんで急死、6~20歳の子供10人を育てなければならなくなった。ベルファスト西部のマコンビルさん宅はIRAの影響力が強い地区で、英治安部隊を攻撃する出撃拠点になっていた。

いつしかマコンビルさんが生活費を稼ぐためIRAの情報を英治安部隊に売り渡しているというウワサが立つ。同年12月、4人の女性がマコンビルさんに銃口を突き付けて自宅から拉致。マコンビルさんは10人の子供を残したまま消息を断った。IRAは99年まで犯行を認めず、その4年後ようやく、アイルランドの海岸でマコンビルさんの変わり果てた遺体が見つかった。

マコンビルさんのように消息が分からなくなった被害者は16人もおり、まだ7人の遺体が発見されていない。米ボストン大学が紛争のオーラル・ヒストリー(口述歴史)を残そうとIRAの元兵士から「生きている間は公開しない」ことを条件にインタビューを録音。テープへのアクセスを求める北アイルランド警察庁が大学側と2年に及ぶ裁判を繰り広げた結果、全部で85本ある録音テープの一部が同警察庁の手に渡った。

その中で、「マコンビルさん宅から英軍の通信機が見つかった。殺害を命じたのはアダムズ党首だ」と告発されていた。アダムズ党首の「表」の顔は、強硬派の反対を押し切って北アイルランド和平を進めたシン・フェイン党の政治家だ。自治政府のマクギネス副首相がIRAの司令官だったことを公に認めているのに対して、アダムズ党首は頑なにIRAとの関係を否定している。

紛争の時代、同地では多くのカトリックの若者がIRAに参加しており、アダムズ党首が全く関係なかったと考えるのは不自然だ。IRAの中枢につながっていなければ、和平交渉を主導することはできなかっただろう。アダムズ党首は「裏」でIRAを指揮していたからこそ、余計にIRAとの関係を認めるわけにはいかないのではないかと多くの人はみている。

 

アダムズ党首が和平に動いていなければ血で血を洗う紛争の終結は遅れ、さらに数千人の犠牲者を出していた恐れがある。今年2月、ブレア政権が元IRA関係者数百人に紛争中の罪を問わないという手紙を出していたことが北アイルランド警察庁により明らかにされた。それだけに、アダムズ党首の逮捕は大きな波紋を広げた。

和解プロセスで過去の犯罪を裁くのか、それとも不問に付すのか。真実を記録するのか、忘却の彼方に押しやるのかは意見の別れるところだ。司法の正義にこだわり、アダムズ党首の刑事責任を追及してこれまでの和解努力を台無しにするのは賢明とは言えないかもしれない。その一方で、マコンビルさんは英治安部隊の内通者ではなく、負傷した英軍兵士を単に介抱しただけという説もある。紛争の過去を忘却するのは、歴史の真実を歪めることになる。

マコンビルさんの遺族も、「正義の実現」を追及する声と、IRAの報復を恐れ「子供や孫の安全と幸せ」を願う声に二分しているという。

 

木村正人氏木村正人(きむら・まさと)
在英国際ジャーナリスト。大阪府警キャップなど産経新聞で16年間、事件記者。元ロンドン支局長。元慶応大法科大学院非常勤講師(憲法)。2002~03年米コロンビア大東アジア研究所客員研究員。著書に「EU崩壊」「見えない世界戦争」。
ブログ: 木村正人のロンドンでつぶやいたろう
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