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Mon, 11 November 2024

木村正人の英国ニュースの行間を読め!

テロに怯えず、イスラム社会と心の距離を縮めよう

ロンドンの地下鉄レイトンストーン駅構内で5日午後7時ごろ、29歳の男が「これはシリアのためだ」と叫びながら刃物を振り回し、乗降客2人に重軽傷を負わせた。駆けつけた警官がスタンガンを使って男を取り押さえたが、52人の犠牲者を出した2005年の地下鉄・バス同時多発テロの恐怖をよみがえらせた。事件翌日の日曜日、駅改札には警官4人が立っていた。周辺のハイストリートではクリスマス用の電飾がまぶしく輝く。大半の人は忙しそうに行き過ぎる。

ロンドンで2週間にわたって罪に問わないことを条件に違法に所持する銃の放棄を呼び掛けたところ、旧ソ連製の自動小銃AK-47(カラシニコフ)を含む25丁もの銃が回収された。もしパリと同じように自動小銃や自爆ベストを使った犯行だったらと想像するだけでもゾッとする。

英国ではキャメロン政権が過激派組織IS空爆をイラク領からシリア領に拡大したばかりだ。家族の話では、男は奇妙なことを口走るようになっていたが、ロンドン警視庁は事件後すぐに「テロ事件として取り扱う」と発表した。欧米各国はイスラム系移民の若者がシリアやイラクに渡ってISに参加するのを防ぐため、出国管理を強化している。対抗策としてISは欧米で増殖するシンパに対し、それぞれの国に留まり、色々な手段で無差別テロを実行するよう呼び掛けている。

ロシア旅客機爆破、130人の犠牲者を出したパリ同時多発テロに続いて、米カリフォルニア州の公立障害者支援施設でも銃乱射事件が起きた。容疑者夫婦の自宅から約5000発の銃弾やパイプ爆弾などが発見され、オバマ米大統領は「容疑者がテロ組織から指示を受けた証拠はないものの、テロの脅威は新たな段階に入った」と宣言した。IS空爆に参加する国は、自国でテロの現実に直面している。

 

ISの組織形態・指揮系統は、2001年の米中枢同時テロで世界を震撼させた国際テロ組織アルカイダと異なり、融通無碍(ゆうずうむげ)だ。反政府軍、ゲリラ、テロリストと、アメーバのように自在に形を変え、インターネットを通じてあらゆるところで無秩序に増殖する。米国家安全保障局(NSA)や英政府通信本部(GCHQ)の監視プログラムをもってしても、突如として行動を起こす「ローン・ウルフ(一匹狼)」まで監視下に置くのは不可能だ。ロンドンのような国際都市で暮らす私たちはいつテロに遭うか分からないリスクに囲まれている。

運動不足の解消も兼ね、筆者はできるだけ歩いて取材先に出掛けている。地下鉄やバスに乗る時は周りをよく見て、本や新聞は読まない。インターネットを通じた過激化の広がりを研究しているキングス・カレッジ・ロンドンの過激化・政治暴力研究国際センター(ICSR)で開かれた会合に参加した際も、「このセンターがいつテロのターゲットにされてもおかしくない」という話が出た。それが私たちを取り巻く現実である。

 

中東の民主化運動「アラブの春」を発火点に2011年に勃発したシリア内戦の死者は25万人を突破し、難民・避難民は1200万人に達した。シリアのアサド大統領の去就をめぐり米国・サウジアラビア・トルコとロシア・イランが対立し、内戦は悪化のスパイラルから抜け出せなくなり、シリアはISやアルカイダの温床と化してしまった。ソマリアやリビア、イエメンでも統治の手が及ばない危険な「無主地」が広がっている。だが、今年に入って11月までにドイツで難民認定を申請した人が96万人を超えたことからも分かるように、大半の人々は混乱ではなく平和で安定した暮らしを求めている。その意味で私たちはテロリストに対して完全に勝利している。

テロの脅威が強調される米国でさえ、テロで死ぬ確率は交通事故や殺人事件に遭って命を失うリスクよりも低い。実は浴槽で溺死する確率より低いのだ。しかし、パリ同時多発テロを受けたフランス地方選の第1回投票で、移民排斥や反イスラム主義を掲げる極右政党・国民戦線が仏本土13地域圏のうち6地域圏で首位を走るなど、大躍進した。フランスや米国では次期大統領選をにらんで強硬な論調が目立つ。本当に必要なのはこうした過剰反応ではなく、イスラム社会との相互理解を深め、互いに敬意を持って付き合える関係の構築だ。

 

 

木村正人氏木村正人(きむら・まさと)
在英国際ジャーナリスト。大阪府警キャップなど産経新聞で16年間、事件記者。元ロンドン支局長。元慶応大法科大学院非常勤講師(憲法)。2002~03年米コロンビア大東アジア研究所客員研究員。著書に「EU崩壊」「見えない世界戦争」。
ブログ: 木村正人のロンドンでつぶやいたろう
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