スコットランド独立投票―ナショナリストが広げる溝
スコットランド地方の独立を問う住民投票がいよいよ9月18日に迫ってきた。「独立」賛成票が過半数を占めれば、英国だけでなく、欧州に与える影響は計り知れない。独立を訴えるスコットランド民族党(SNP)党首、サモンド自治政府首相とスコットランド出身の労働党・ダーリング前財務相が8月25日、2度目のTV討論で激突。サモンド氏が直後の世論調査で71%の支持を得て圧勝するという衝撃的な結果が出た。
グローバリゼーションの反動で、民族的な価値を強調する政党や政治家の求心力が高まるのは世界に共通する傾向だ。それを差し引いても、サモンド氏は侮れない政治家であることを今回のTV討論で改めて証明した。スコットランド住民の「負託」という言葉を何度も使い、独立にストップをかけるため宿敵の保守党と共闘する労働党を「スコットランドの子供たちを貧困に追いやる保守党と手を結んだ」と攻撃。「スコットランドの国民医療制度(NHS)を維持するためには、自分たちで選んだ政府が必要だ」と呼び掛けた。
8月5日の第1回TV討論では、独立後も英国の通貨ポンドを使用するというサモンド氏をダーリング氏が「そんなことをしたら、スコットランドは財政主権を失い、英国に予算の決定権を握られる」とやり込め、56%対44%で勝利を収めた。これに対し、サモンド氏は2回目の論戦で、英国がポンドの使用を認めなかった場合、①スコットランドの負債1430億ポンドを引き受けない、②独自通貨を持つ、③ポンドとの交換レートを固定する、という代替策を示して、逆転に成功した。
しかし、現実問題としてスコットランド住民が独立に賛成かといえば、話は別である。住民投票での賛否を問う世論調査では反対57~52%、賛成48~43%で、反対が多数を占める。しかし、住民投票でよもや独立派が過半数を占めることはあるまいと高を括るキャメロン首相を経験豊富なオドネル元内閣府長官(官僚トップ)は「スコットランドにある原子力潜水艦の基地をどうするかなど、賛成派が勝つという万が一の場合に対する備えが必要だ」とたしなめる。
今年、スコットランドは1314年にイングランド軍を破った「バノックバーンの戦い」から700周年を迎え、民族意識が高揚している。スコットランド独立のために戦ったウィリアム・ウォレスの生涯を描いた米映画「ブレイブハート」を観ても分かるように、スコットランドのアイデンティティーはイングランドの侵略と支配に抵抗することを源泉としている。「独立」という言葉は今なおスコットランド魂を揺さぶるのだ。
しかし、ソロバン勘定も働く。スコットランドが独立したら英国は32%の土地と8%の人口を失う。2010年総選挙の結果からスコットランドを取り除くと保守党が単独過半数を獲得する。平均寿命は男性が0.4歳、女性が0.3歳延びる。
現在、1人当たりの税負担はスコットランド1万ポンド、英国全体では9200ポンド。1人当たりの歳出はスコットランド1 万2300ポンド、英国全体1万1000ポンド。独立すればスコットランドは1人当たり1000ポンド得をするという試算もあれば、英国内に残留した方が1400ポンド得という別の試算もある。
スコットランドの独立は、カトリック系住民が英国からの分離とアイルランドへの併合を求める北アイルランド地方へ波及し、英国を四分五裂の状態に陥れる恐れがある。このため、英国統治の存続を求める北アイルランドのオレンジ結社が住民投票前にスコットランドで独立反対のデモ行進を行う予定だ。
狡猾なナショナリスト、サモンド氏の戦略は、スコットランドだけでなく、イングランド地方の民族意識もあおる反作用を引き起こした。カーディフ大学がイングランドの3695人にアンケートしたところ、スコットランドが独立した場合、欧州連合EU)や北大西洋条約機構(NATO)加盟に「反対する」が36%で、「賛成する」の26%を上回った。英国に留まった場合でも、スコットランド選出の下院議員がイングランドの事柄に投票できる権限を取り上げるという意見が62%に上る。住民投票はいずれにせよ、スコットランドとイングランドの間に横たわる複雑な感情を呼び覚ましてしまった。
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