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Fri, 20 December 2024

第8回 サービスならやっぱり日本人。

3月も下旬である。日本では、人事異動や卒業・進学の真っ盛りだ。それに合わせて、ロンドンに初めて居を構え、「おお、こんな日本語の無料誌があるのか」と本誌を手にした人も多いと思う。

2年前の私がそうだったように、英国暮らしを始めると、実にいろんなことに戸惑う。とくに、最初は「サービスの悪さ」にため息が出るはずだ。私も前任者にこう言われた。

「イギリスを先進国と思っちゃいけないよ。サービスは悪く、物価は高い。何をするにも時間がかかる。『今日中に』はたいてい明日以降のこと。よくて、その日の夜だ。サービス水準は、まあ中東並みだ」
「中東?」
「いや、東欧かな」

中東と東欧の違いはよく分からないが、とにかくたいへんらしい。

当地に来てすぐ、自宅に警報機を付けてもらった。工事業者が来て、壁や窓枠にはセンサーを、屋外の壁には大きな警報機を設置した。

テストすると、「ビー、ビー、ビー」と、ものすごい音がする。「すごいね。すごい音だ」と私。業者は「完璧ですよ」と親指を立てる。

警報機はオンラインで警備会社と結ばれていない。「警備会社や警察は、どうやって駆けつけるの?」と尋ねると、「これだけ大きい音だから、近所の人が気付きます。彼らが通報してくれます」と言う。

激しい音の中、私は周囲を見渡した。家々はひっそりしたままで、どの窓のカーテンも動かない。それでも業者は「大丈夫、本番では必ず通報してくれます」と力説した。

やがて知るのだが、英国では繁華街でも住宅街でも、しょっちゅう、この警報音が鳴り響いている。もちろん、だれも振り向きはしない。

買い物でも驚きは続いた。

「Marks & Spencer」の衣料品売り場では、商品の衣類がハンガーごと床に落ちている。ここにも、そこにも。見渡せば、それこそ、あちこちに数え切れないほど落ちているのだ。近くの大型スポーツ用品店でも同じだった。テニス・ラケットを買いに出かけたところ、壁に掛かっているはずのラケットが、ほとんど床に落ちている。客は、落ちて山になった何十ものラケットをかき分け、好みの品を探すのだ。ラケットとカバーの組み合わせもバラバラで、「宝探しか?」と思うほどだ。

店では、客はモノを落としても拾わない。店員も、何か意地でもあるのか、簡単には元に戻さない。

この手の話は、小欄の読者も山のように持っていると思う。

こうした「サービス三流」の中に商機を見つけた人もいる。警備会社英国セコムの社長、竹澤稔さんもその一人だ。徹底したサービスで業績を急拡大。2001年の渡英以降、増収増益を続け、瞬く間に英国有数の警備会社に育て上げた。

「英国の警報機会社は警報機を売るだけ。でも、私たちは機械を売った日から、仕事が始まる。機械じゃなく、サービスが商品ですから」

一番力を入れたのはクレーム対応だったという。クレームには24時間以内に対応し、部長などの幹部が手紙や訪問で耳を傾ける。竹澤さんもしばしば顧客を訪ねる。「英国では、徹底して客の声に耳を傾ける会社はなかった。だからやりました。良い評判が広まれば、客が営業部員になる。あそこはいい、ってね」

竹澤さんの着任当初、600人の社員は全員英国人。「顧客第一主義」は簡単に浸透しなかった。英国人スタッフは、社長に理解を示しながらも「But, boss, in this country……(お言葉ですが、社長、この国では)」と言い、「英国の流儀」によって竹澤さんを説き伏せようとした。その「But……」を、竹澤さんは「自己弁護のためのマジック・ワード」としてはねつけた。

「日本のサービスの品質は、もはや文化です。英国は制度や仕組みでは優れているが、サービス品質では格段に劣る。サービスで勝負すれば、日本企業は絶対に勝てます」

警報音が鳴れば警備会社が毎回きちんと駆け付け、床に落ちている商品は店員がきちんと片づける。そんなことがこの国で簡単に起きるとは思えないが、一線のビジネスマンが言う「サービス品質は日本が世界一」は信じたい。

がんばれ、ニッポン人!

 

高田 昌幸:北海道新聞ロンドン駐在記者。1960年、高知県生まれ。86年、北海道新聞入社。2004年、北海道警察の裏金問題を追及した報道の取材班代表として、新聞協会賞、菊池寛賞、日本ジャーナリスト会議大賞を受賞。
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