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Fri, 20 December 2024

第14回 だれかが見ている。

英国に「監視研究ネットワーク」という団体がある。やや古い数字だが、そこが1年ほど前に出した報告書によると、この国では約420万台の監視カメラが稼働しているそうだ。外出すれば、1日で300台のカメラに捕捉(ほそく)されるという。

カメラだけではない。

走行車両については、治安当局が毎日、全体の約4割、約5000万台のナンバーと運転者・助手席搭乗者の顔を自動的に捕捉する。データベースの蓄積は、指紋が600万人分、DNAが350万人分。クレジット・カード利用も、半数以上が行動分析の対象になっている。電話や電子メールの内容、ウェブサイトの閲覧なども何らかの形で記録、分析されていると思った方がいい。

日本も最近の事情は似たようなもので、例えば、いつの間にか東京はカメラだらけになった。そして、こうした監視強化の理由は、いつもこう言われる。

「激増する凶悪犯罪を防ぎ、安全を守るために」

3年前に日本で勤務していたころ、「あなた見られてます~監視と安全のはざまで」という連載企画のデスクを担当したことがある。その過程で種々の統計をひもといていると、おもしろいことが分かってきた。日本では、凶悪犯罪はまったく増加していないどころか、減少を続けているのである。

例えば、こうだ。

人口10万人当たりの犯罪件数を1965年と最近の数字で比べると、殺人は2.3件から1.0件に半減し、暴行は44.9件から4.9件に減った。小学生の殺人被害者数(未遂を含む)は、1976年の100人が、2005年は27人にまで減少した……。

犯罪白書の執筆経験がある法務省元官僚で、龍谷大学の浜井浩一教授は、連載企画の取材メンバーに当時、こんなことを語っている。

「日本の安全神話が崩壊した? それはうそです。統計学に通じた犯罪社会学者は、それこそが神話だと言っています。凶悪犯罪は減少傾向にあり、20年前と比べ治安は悪化していません。刑法犯の認知件数とは、真の意味での事件の発生件数ではなく、警察活動の統計なんです。単なる受理件数だから、例えば、幹部が『被害の届け出にはきちんと対応しろ』と指示すれば、それだけで件数は増えます」

確かに、凶悪犯罪が減る一方で、「窃盗」を軸に犯罪件数の総数は1990年代末から増加に転じた。浜井教授によれば、これは、警察庁の指示により、軽微な万引なども、きちんと事件として処理するようになった結果であり、真の犯罪件数の増減を示してはいない。

では、なぜ、凶悪犯罪が増えたように感じるのだろうか。

数字ばかり並べると退屈なので、一つだけ例を示そう。手元のデータベースで日本の全国紙と主要地方紙の計11紙の記事を「治安悪化」「殺人」のキーワードで検索すると、2000年までの5年間のヒット件数は8件しかない。ところが、2001年以降は489件を数える。凶悪犯罪は減少傾向なのに、記事量は爆発的に増えているのだ。

かつては、九州の殺人事件が北海道で報道されることなど、ほとんどなかった。理解不能な事件や信じられない凶悪事件も、以前は以前なりに発生しており、かつての紙面にも「動機なき殺人」「遺体をバラバラに」といった見出しは数え切れないほど踊っている。

ただ、以前の事件報道は「地域限定」の傾向が強かったのに対し、今は逆になった。新聞だけでなく、テレビや週刊誌、ネットを通じ、事件は瞬く間に「全国区」になる。そして、多くの人は凶悪事件が激増しているように感じてしまう。

これが、日本で言われるところの「体感治安の悪化」の正体である。数字は増えていないから、あくまで「体感」なのだ。

いつもどこかで、知らないだれかが、あなたの行動を監視している。それは、あまり気持ちの良い話ではない。しかも、監視強化と犯罪抑制の因果関係は明確ではないし、監視体制の強化は、人々を「監視する側」「監視される側」に二分する。

この文章を読むあなたのことも、どこかで、だれかがじっと見ているかもしれませんよ。

 

高田 昌幸:北海道新聞ロンドン駐在記者。1960年、高知県生まれ。86年、北海道新聞入社。2004年、北海道警察の裏金問題を追及した報道の取材班代表として、新聞協会賞、菊池寛賞、日本ジャーナリスト会議大賞を受賞。
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