公的部門の給与に朗報か? 引き上げ上限が解除
ただし、刑務所、警察職員のみ
英国が欧州連合から離脱(ブレグジット)すれば、経済がめちゃくちゃになる――そんな予想をしたのは残留派のオズボーン前財務相でした。国際通貨基金(IMF)やイングランド銀行(英中銀)も悲観的な見通しをしたものです。まだブレグジットは実現していませんが、確かにポンドは下がりっぱなし。英国から日本に一時帰国する私たちはポンドの弱さにがっかりすることになりました。それでも、国家統計局によれば今年7月末までの3カ月の平均失業率は4.3%で、6月末までの3カ月よりもさらに減少。1975年以来、最も低い数値です。
失業率の低さは好景気の特徴ですが、自分の身を振り返ってみると、それほど景気の良さを実感しない人も多いのではないでしょうか。それもそのはずです。7月末までの3カ月で実質、賃金が若干減っているのです(前年同期比で0.4%減)。また、国民統計局によりますと、8月のインフレ率(物価上昇率)は2.9%に達しました。コーヒー(5. 1%上昇、以下同)、ガソリン(5. 1%)、衣類(5. 1%)、油脂(5.9%)、電気(9%)、魚類(9.6%)とすさまじい価格上昇率ですね。
給与の目減りを最も痛切に感じているのは、公的部門に勤務する人かもしれません。世界金融危機(2007~8 年)以降、政府は緊縮財政を敷いており、2011年からは年間2万1000ポンド(約300万円)の給与を得る公務員は2年間、給与を凍結。2013年からは引き上げの上限を1%とされました。1%はインフレ率よりも低い数字です。実質的には毎年少しずつ給与が下がっていたとも言えます。
公的部門に勤める多くの人たち(国民医療制度(NHS) で働く医師、看護師、教師、兵士、警察や刑務所職員など) の悲願は何とかこの1%の上限を外してもらい、真っ当な給与上昇を実現してもらうことでした。しかし、政府は緊縮財政の方針を崩そうとはしなかったのです。
6月の総選挙で与党・保守党が下院の過半数を獲得できなかったことで、「1%の上限」を取り払った方が良いのではという声が内閣でも出始めましたが、ハモンド財務相は反対の立場を取りました。
公務員が給与に不満を持ち、もしストを多発させるようになれば、国民の生活に多大な影響が出てしまいます。こうした事態を防ぐため、英国では各職層別に「(給与)検討機関(レビュー・ボディー)」を設けています。運営資金は各省庁が出しますが、政府とは独立した存在で、政府、雇用主、組合などの関係者から意見を聞いた上で、政府に対し給与額について推薦する形となっています。
各検討機関からの報告を得たこともあって、9月12日、政府はとうとう1%の上限解除を発表しました。ただし、警察及び刑務所の職員のみ。警察職員については年間2%の引き上げで、刑務所の職員は平均1.7%の上昇です。でも、最新のインフレ率は2.9%で、労組側は「実質には引き下げだ」と主張。それでも、いまだ1%の上限に縛られている公務員にとってはうらやましい限りかもしれません。労組側は年間5%の給与上昇を要求しています。財務相は新たな上昇額分について各省庁に追加の予算を出す予定はなく、省庁内で何とかするように求めました。
もしすべての公務員(約544万人)の給与を一律に2%上昇させ、かつ予算を増やさずにこれを実施する場合、約5万人の人員削減が必要になるという予測が出ています(今年3月、予算責任局の試算)。また、シンクタンク「財政問題研究所」(IFS)によると、すべての公務員の給与をインフレ率に合わせて上昇させた場合、2019 ~20年度までに41億ポンドが必要になります。
総選挙の選挙戦中に、メイ首相はBBCの番組に出演し、会場の一般市民から質問を受けました。ある看護婦が一生懸命働く自分たちの給与引き上げ率1%を解除してほしいと訴えました。「魔法のようなお金の木はない」とメイ首相は答えていましたが、あのときの看護婦の納得がいかない表情が忘れられません。