幼児殺人事件を基にした映画がアカデミー賞候補に
- 被害者母親の憤慨をよそに
皆さんは「ジェームズ・バルガー事件」を覚えていらっしゃいますか。
25年前、イングランド北西部マージーサイドのブートルで、母親が目を離した隙に連れ去られた2歳のジェームズちゃんが殺害された事件です。幼児を誘拐し、むごいやり方で殺害した犯人二人が、ともに10歳の少年だったことで、英国内外は大きな衝撃を受けました。
この事件を映画化した「Detainment(拘束)」という作品が、先月末に米アカデミー賞の短編映画部門にノミネートされました。ジェームズちゃんの母親デニーズ・ファーガスさんは映画が製作され、かつアカデミー賞にノミネートされたことに「憤慨している」とツイッター上で表明。作品をノミネートのリストから外すための署名も呼び掛け、賛同の署名は10万を超えました。
ではここで事件を振り返ってみましょう。1993年2月12日、満10歳の少年ロバート・トンプソンとジョン・ヴァナブルズは学校を休み、店でお菓子や乾電池、青いペンキが入った缶などを盗みました。その後ショッピング・センター内の肉屋の前にいるジェームズちゃんを見つけ、店内で買い物をしていた母親が目を離した隙に、ジェームズちゃんの手を引いて連れ出します。ショッピング・センターの監視カメラが二人の少年とジェームズちゃんが外に向かって歩く様子を捉えていました。4キロほど離れた運河の近くで少年たちはジェームズちゃんの顔や頭部を傷つけます。その後、鉄道線路近くの土手に連れていき、ジェームズちゃんの目をめがけてペンキをかけ、殴る蹴るなどの暴行を加えた上、10キロほどの鉄の棒を体の上に落としました。最後に、少年二人はジェームズちゃんを線路に横たえます。誘拐から2日後、ジェームズちゃんの遺体が発見されました。靴、ソックス、ズボン、下着が脱がされており、電車が体の上を通ったために上半身と下半身は切断されていました。口には乾電池が詰め込まれていたそうです。
少年二人の衣服や靴にペンキやジェームズちゃんの血痕が残っていたことが分かり、トンプソンとヴァナブルズは犯行から8日後に殺人罪で起訴されました。英国では10歳以上になると、刑事責任を問うことができます(スコットランドのみ12歳以上)。当初二人は匿名で報道されましたが、法務省が事件の重大性から実名報道を許可し、顔写真や経歴も公開されました。裁判で有罪となった二人には、最低8年の禁固刑が下りました(後で最低15年に延長されたものの、2000年に再び8年に)。2001年、二人は釈放。新しい名前が与えられての再出発となりました。青年となったトンプソンとヴァナブルズの顔写真や新たな実名など、身元を特定する情報の報道は禁じられています。
今回話題となった約30分の映画「拘束」を製作したのは、アイルランド出身のヴィンセント・ラム監督です。作品の製作意図は、「なぜこのような事件が発生したのかを理解し、将来同様の事件が起こらないようにしたい」とのことで、遺族に事前に相談しなかったことについては、謝罪をしました(BBC ニュース、1月25日付)。
映画の中のセリフは警察の取り調べで少年たちが実際に語った言葉を基にしています。その様子を再現する映画の一部をネット上で視聴すると、子役によって演じられる少年たちの取り乱した応答の様子と、ジェームズちゃん殺害の事実が重なり、筆者は胸が引き裂かれる思いがしました。ドキュメンタリー的な作りは遺族にとって想像を超えるほどの痛みや悲しみをもたらすものに違いありません。
アカデミー賞運営側はこの映画をノミネートから外さないことを決めました。表現の自由を守るという意味では正しい選択だったのでしょう。でも筆者は割り切れない思いです。もっと異なる形で、少年が幼児を殺害することの意味を掘り下げることはできなかったのか、と。今月24日、アカデミー賞の受賞者が発表されます。