小林恭子の
英国メディアを読み解く

スナク首相、五つの約束を成就できるか - インフレ率半減、経済成長、NHS、密入国問題など

昨年10月末に首相に就任したリシ・スナク氏が4日、年頭の施政演説を行い、国民に「五つの約束」を掲げました。2024年秋ごろに予定されている総選挙をにらみ、スナク政権の達成目標を知る良い機会になりました。内容を見ていきましょう。

五つの約束とは、①インフレ率の半減、②経済成長の実現、③政府債務の削減、④国民医療サービス（NHS）の待機リスト（waiting list）の削減、⑤密入国のボートを停止させること、です。①から③は経済及び財政状態の安定化を最優先するスナク政権ならではですね。④は今まさに国民の関心事です。⑤は難民や移民の流入に警戒心を持つ与党・保守党らしい項目です。この五つを選択したのは「国民が実現を望んでいる」ばかりか、将来の「基盤を作りたい」からと首相は説明しています。「子どもや孫の世代のために」、「楽観性、希望、誇りを持てる未来」の構築を目指すようです。

五つの約束はどの程度実現可能なのでしょうか。英予算責任局（OBR）によると、今年度末のインフレ率は3.8パーセントに下落する見込みで、昨年末の約10パーセントからとすると大幅減少になりますので、①は実現可能です。ただ、2ケタ台のインフレ率が続いたことで生活には相当の負担があり、「暮らしが楽になった」と思うまでには時間がかかりそうです。②については、OBRは英国が景気後退から抜け出すのは24年以降としているため、選挙の直前には実現可能かもしれません。③についてもOBRがすでに実現可能と予測していますが、ストが重なれば新たな財政出動を余儀なくされるのではないでしょうか。

④については、今まさに「NHS危機」の真っ最中です。NHSイングランドによると、昨年10月時点で医療処置を待つ人は史上最多の720万人に達しています。首相は新規に7000の病床を増やし、徐々に待ち時間を減少させると述べていますが、入院後の一時的受け入れ皿となる介護施設も人手不足が深刻化しています。

⑤はどうでしょうか。近年、英国で難民申請をした人の大部分はフランスから小型のゴム・ボートに乗って英国にたどり着いた人々です。昨年1月から9月までの難民申請件数は約5万2500人（扶養家族除く、BBC調べ）で、過去20年間で最多。そのうちの約4万5000人がゴム・ボート乗船者でした。対応策として、首相は小型ボートによる密入国を停止させ、不法入国者を迅速に退去させる新たな法律を制定すると述べました。ただ、法律ができても、英国に向かうボートの流れを止めることができるのかどうかについては疑問符が付けられているようです。

スナク首相の今回の演説で、経済成長につながる項目として強調されたのが「教育」でした。首相は自分が現在の地位に就くために最も重要だった要素として、高い水準の教育を挙げました。特に重視するのが数学です。元財務相でもあり、数字に強い首相らしい選択です。イングランドの16～19歳の子どもたちの中で、学校で数学を勉強しているのは約半数だそうです。首相は数学の学習を18歳まで続けるよう提唱しています。

スナク首相の演説の翌日、最大野党・労働党のキア・スターマー党首が年頭演説を行いました。「その場しのぎの政治はもうやめよう」と2010年から続く保守党政権を批判し、「中央の政治を現代に即したものに変えよう」、「地域社会に経済的権力を移そう」と呼び掛けました。欧州連合（EU）離脱問題では残留支持派のスターマー氏でしたが、離脱派が掲げたスローガン「主権を取り戻そう」を解決策に変えると述べました。政治サイト「ポリティコ」の調査によると、総選挙で労働党への投票意向を示した人は46パーセント、保守党は26パーセント（1月7日発表分）。来年までにスナク氏はこの差を埋められるでしょうか。