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Tue, 24 December 2024

知って楽しい建築ウンチク
藍谷鋼一郎

テムズ・バリアー Thames Barrier

最近は環境問題のニュースに触れずに一日が終わることがないほど、このテーマについての世の中の関心は高い。地球温暖化が進行すると氷河が溶解して海面が上昇、洪水が起こりやすくなると言われている。そのような危険からロンドンを守るのが、テムズ・バリアーだ。

テムズ・バリア
ロンドンを洪水から守るテムズ・バリアー

テムズ・バリアー
全長は500メートル以上に及ぶ

ロンドンを高潮から守る

大洪水からロンドンを守る可動堰「テムズ・バリアー」は、1984年にロンドン中心部から東へ約10キロの地に完成した。ロンドンを襲う洪水のほとんどは北海からの高波、高潮が原因で、それらはテムズ河を通って押し寄せてくる。テムズ・バリアーはまさしく防波堤となっているわけだ。

この可動堰は、大小10の水門から成る。全長は520メートル、ゲートの最大幅は61メートルにも及び、その間を船が行き来することも可能になっている。水流を制御する水門といえば、一般的に無骨な構造物、そしてその間を上下に移動する鋼鉄製の巨大な門柱と門扉がイメージされる。しかしさすが、産業革命で世界に先駆けた英国のデザイン・センスは一味違う。門柱は優美な流線型のフォルムを持ち、門扉はドルフィン・ゲートと呼ばれる回転式のものが採用されている。

ドルフィン・ゲート

ドルフィン・ゲートと呼ばれる門扉が水中で回転しながら開閉する様は、確かにイルカがクルクル飛び跳ねる姿に似ている。景観上のポイントは、このゲートが普段は川底に隠れているところにある。そして高波が押し寄せてくると浮上して、ゲートが閉じる仕組みになっている。

開閉をコントロールする構造体(門柱)は、木構造の屋根の上に銀色に輝くステンレス鋼を葺(ふ)いたものだ。一見、水上に一直線に並ぶ肢体は華麗で、まるでテムズ河を航行する船のような趣がある。構造物を称える表現に「用・強・美」を兼ね備えるという言葉があるが、機能的で頑丈、しかも美しいという意味で、テムズ・バリアーに相応しい言葉だろう。

テムズ・バリア
辺りでは再開発が進んでいる

テムズ・バリアー周辺と博物館内部
テムズ・バリアーに併設されている博物館内部

テムズ河とロンドン

ローマ時代、つまりローマ人が入植して以来ロンドンは発達してきた。その時代から交易上の大動脈になっていたのがテムズ河。だが1980年以降は相次ぐ埠頭の閉鎖により、一時はすっかり寂れ果ててしまった。

近年になってカナリーワーフを始め水辺の再開発が盛んに行われ、水辺のアメニティを建築空間に取り込む手法で、荒れ果てた倉庫はコンドミニアムやオフィス、お洒落なレストランやバーにリノベーションされていった。テムズ河をクルーズ、あるいは、河沿いの遊歩道(プロムナード)を散歩するとこの開発ぶりがよく分かって面白い。最近ではリノベーションばかりでなく、全く新しい建物もどんどん立ち並ぶようになった。昔も今も、テムズ河は人々の暮らしの中心となっているのだ。

 

藍谷鋼一郎:九州大学大学院特任准教授、建築家。1968年徳島県生まれ。九州大学卒、バージニア工科大学大学院修了。ボストンのTDG, Skidmore, Owings & Merrill, LLP(SOM)のサンフランシスコ事務所及びロンドン事務所で勤務後、13年ぶりに日本に帰国。写真撮影を趣味とし、世界中の街や建築物を記録し、新聞・雑誌に寄稿している。
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