大いなる実験の行方は?
「タイムズ」紙のサイト有料化計画
「タイムズ」紙と「サンデー・タイムズ」紙の電子版記事が、この7月から全面的に有料化された。新聞の発行部数の慢性的下落や、広告収入の落ち込みに苦しむ英国の新聞界は、どこも台所事情が厳しい。新聞の存続をかけて、電子版有料化に踏み切った両紙の動きは、果たして成功するだろうか。
平均発行部数 | 電子版の購読者数 | 有料化の仕組み |
米ウォール・ストリート・ジャーナル | ||
---|---|---|
200万部 | 100万人 | 無料記事と有料記事の組み合わせ |
米ニューヨーク・タイムズ | ||
95万部 | 課金は 来年から実施 |
メーター制(一定本数以上は有料)となる予定 (2005~07 年、有料購読制「タイムズ・セレクト」実施) |
英フィナンシャル・タイムズ | ||
40万部 | 12万7000人 | 登録後、月10本まで無料。それ以上は有料に |
英タイムズ | ||
35万部 | 未発表 | 7月から全面有料化。1日で1ポンド、1週間で2ポンド |
英サンデー・タイムズ | ||
110万部 | 未発表 | 7月から全面有料化。1日で1ポンド、1週間で2ポンド |
*発行部数はおおよその数字。「フィナンシャル・タイムズ」の数字は全世界での部数。ほかは主に自国内。
新聞名 | 月間平均ユーザー | 前月比 | 前年同月比 |
メール・オンライン | 4050万677人 | 3.40% | 75.00% |
ガーディアン | 3190万127人 | -4.41% | 16.70% |
テレグラフ | 3022万7486人 | -0.10% | 26.60% |
インディペンデント | 987万1286人 | -1.21% | -5.38% |
ミラー・グループ・デジタル | 932万9485人 | -7.28% | 8.52% |
*あるウェブサイトを特定期間のうちに訪れた人の数。
(英ABC 調べ)(「タイムズ」、「サンデー・タイムズ」は有料化移行のため、計測に参加していない)
新聞名 | 発行部数 | 前月比 (%) |
前年 同月比 (%) |
平日・日刊有料紙 | |||
---|---|---|---|
サン | 297万9999部 | 1.50 | -1.60 |
デーリー・メール | 290万2643部 | 0.10 | -4.93 |
デーリー・テレグラフ | 68万1322部 | -2.45 | -18.45 |
タイムズ | 50万3642部 | -2.28 | -14.77 |
フィナンシャル・タイムズ | 39万1864部 | -2.00 | -4.88 |
ガーディアン | 28万6220部 | -4.74 | -14.82 |
インディペンデント | 18万7135部 | -3.79 | -6.62 |
日曜紙 | |||
ニューズ・オブ・ザ・ワールド | 282万8800部 | -1.05 | -6.27 |
メール・オン・サンデー | 190万8995部 | -0.50 | -7.29 |
サンデー・テレグラフ | 50万8706部 | -0.80 | -17.41 |
サンデー・タイムズ | 108万5724部 | -2.87 | -10.30 |
オブザーバー | 32万6821部 | -3.95 | -20.28 |
インディペンデント・オン・サンデー | 15万7135部 | -4.30 | -3.29 |
(英ABC 調べ)
「タイムズ」紙のこれまで
1785年 | 「デーリー・ユニバーサル・レジスター」紙が創刊。3年後に「タイムズ」に改名 |
---|---|
1806年 | 紙面に初めてイラストを掲載する |
1807年 | 社内最初の外国特派員が任命される |
1814年 | 所有者ジョン・ウオルター2世が、蒸気機関を使った高速印刷機を導入する |
1830年 | ある貴族を「自殺」とした検死結果は、上流社会がスキャンダルを隠すために仕組んだ隠ぺい工作だと指摘した社説が、非常に迫力のある文章で書かれていたため、「雷が落ちるように怒鳴る」新聞=「サンダラー」という愛称が付けられる。1831~32年に、選挙法改正に向けて国民に行動を起こすように促した、怒鳴る口調からこの愛称が付いたとする説もある |
1868年 | 発行部数が、ロンドンのほかの日刊紙の総発行部数の3倍となる6万部に |
1902年 | 経営危機に陥り、ノースクリフ卿が所有者に |
1914年 | 1ペニーに価格を下げ、発行部数が16万6000部に急増する。第一次大戦の勃発で、部数は27万8000部に増加 |
1922年 | ノースクリフ卿が亡くなり、ジョン・ジェイコブ・アスター(後のアスター卿)が買収 |
1926年 | ゼネラル・ストライキの間、発行を続けた唯一の新聞となる |
1966年 | 既に「サンデー・タイムズ」紙を所有していたトムソン卿が、 「タイムズ」紙を買収する。広告のみだった1面に、初めてニュース記事が載る。英国の新聞では初めて裸の女性の写真を使った広告を出し、世間を騒がせる |
1978年11月 | 労働争議により、発行がほぼ1年間停止される |
1979年11月 | 印刷再開 |
1980年 | トムソン卿が「タイムズ」紙を売却に出す |
1981年 | ニューズ・インターナショナル社が買収 |
1985年 | 創刊から200周年を迎え、エリザベス女王がオフィスを訪問する |
1994年 | 記事の一部や要約がオンライン掲載されるようになる |
1995年 | 欧州他国での印刷開始 |
1996年 | 「タイムズ」紙のウェブサイトがサービス開始 |
2000年 | 紙面とウェブサイトのデザインを刷新 |
2003年 | 「コンパクト判」と通常の「ブロードシート判」の平行発行開始 |
2004年 | コンパクト版のみの発行となる |
2005年 | 国際版の発行開始 |
2007年 | ウェブサイトのデザインを刷新 |
2010年7月 | 「タイムズ」紙と「サンデー・タイムズ」紙のウェブサイトの閲読を全面有料化 |
(資料:「 タイムズ」)紙
英紙として初の試み
高級紙「タイムズ」とその日曜版「サンデー・タイムズ」のウェブサイトが、この7月から全面的に有料制となった。両紙のウェブサイトで記事を閲読したい人は、今後、1日で1ポンド(約132円)もしくは1週間で2ポンドの料金を払わなければならない。一部の記事に限らず、ウェブサイト上の記事すべてにわたる閲覧を有料化するのは、英紙では初めての試みだ。
閲読有料化の理由を、両紙は「良質なジャーナリズムの維持に必要」、「生き残り戦略」と説明する。日本同様、英国でも昨今は新聞 の発行部数が慢性的に下落。読者も広告主もネットに移動する傾向が続いていることもあり、両紙は既存のビジネス・モデルからの脱却を狙っているのである。
有料化モデルが根付くのか
両紙によるサイト閲読有料化の決断は、英国の新聞界では大きな実験となろう。というのも、各紙がウェブサイトを開設し始めた1990年代半ば以降、主要紙の大部分が、過去記事を含めて無料でニュースを提供してきたからだ。さらには動画が豊富なBBCのオンライン・ニュース、世界中のニュース・サイトから瞬時に記事を拾ってくるグーグル・ニュースなど、無料で読めるニュース記事は、既にネット上に氾濫している。
一方で英各紙はここ数年、ウェブサイトの拡充に力を入れてきたが、サイトが生み出す利益は、紙媒体における発行部数の落ち込みや広告収入の下落による損失を埋めるには程遠かった。業界筋によれば、大手紙のデジタル収入は総収入の数パーセントを占めるに過ぎず、アクセス数を急激に拡大させた「デーリー・テレグラフ」 紙でも「10~20%の間」(同紙スタッフ談)。そこで、有料化モデルに脚光が集まったわけである。
経済紙では一定の成功
有料化モデルに関して、既に成功例はある。有料と無料の記事を混在させたサイト作りをしている米経済紙「ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)」の有料購読者は、現在約100万人。英国では経済紙「フィナンシャル・タイムズ(FT)」が、約12万人の有料購読者を持つ。いずれも経済紙であり、専門性を持つ媒体だが、一般紙では、米「ニューヨーク・タイムズ」が過去2年間、有料購読制を取って成功していた。サイト閲読のユーザー数拡大のために購読制を一旦止めてしまったものの、来年から新たな購読制を実施する予定だ。
「WSJ」、「タイムズ」、「サンデー・タイムズ」は、いずれも「メディア王」と呼ばれるルパート・マードック氏が経営する米メディア大手ニューズ・コーポレーション社の傘下にある。一方で、左派系高級紙「ガーディアン」は「民主主義に反する」などとして、有料化反対の姿勢を示してきた。ただ同紙編集長は、「何が何でも有料化反対という原理主義者ではない」との発言をしている上、携帯電話での閲読向けの有料アプリも販売しており、さらにはメディア、アートなど得意分野を「有料の壁(Paywall)」に入れる可能性もある。
果たして、マードック氏の「実験」は成功するのか。ライバル他紙が成り行きを注視している。
Newspaper of Record
直訳すると、「記録の新聞」。①政府の公的記録や法的通知を行う新聞(例えば17世紀に創刊された、政府発行の新聞「ロンドン・ガゼット」など) を指すとともに、②「信頼に足る報道を行う新聞」という意味がある。「タイムズ」紙は、19世紀に「Newspaper of Record」と呼ばれた。政府や新聞の所有者の意見に左右されない独自の意見を社説の形で広く世の中に問い、また発行部数や報道の質で他紙を圧倒。欧州他国の知識層の間でも広く読まれた「タイムズ」は、上流階級が読む新聞として名声を築いた。(小林恭子)
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