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Tue, 19 November 2024

第141回 大きな社会とトーリー不況

キャメロンの経済政策

英国の連立政権は4カ月のハネムーンを終え、この秋に最初の正念場を迎える。間もなく、公約に掲げた予算削減の各省別の配分が公表される。総論に賛成でも、各論になると大きな反対論が出ることは、7月に先行した学校予算削減でも実証済みだ。こうした各論反対をどう説得し、国民に納得させるのか。首相や連立を組む副首相のクレッグ氏が、政治家としてプロかアマかを判断する試金石になろう。

しかし、問題はより根深いと考える。各論調整の問題以前に総論自体が成り立っているのかどうかの検証が必要だろう。キャメロン氏の政策は「大きな社会」である。国民医療制度(NHS)以外に聖域を設けず予算を削減すれば、当然行政サービスのレベルは落ち、社会にとって痛みとなる、その痛みを少なくするために、NPOやボランティアなど非営利団体や地域社会が補う、強化するというものだ。補強の具体的な方法としては、第一に、そのための財源として銀行の休眠口座の資金を活用し、そうした団体を援助する、リーダーを育てる、16歳を対象によき市民になるための教育プログラムを実施する。第二に、そうした団体が、州など地方政府のサービスにかかわる意思決定にも参画する、そのためにも地方政府に権限を委譲し、地方政府の財源について見直しを行うかどうか検討する。第三に、国民が身近なサービスの質を判断できるように、政府、地方政府にかかわるデータの開示をもっと進める、などといった案を掲げている。

湧き上がる疑問点

しかし、こうした政策には、素人でもいくつもの具体的な疑問が生じる。

第一に、予算削減はこの秋から、サービス低下はすぐにでも始まるのに、先述の通り、NPOやボランティアの活動強化のためにはリーダーの育成や意識を高めることが必要で、時間とお金がかかる。痛みと緩和の時間軸が一致していない。先憂後楽という考え方もあるが、さて、どういうインセンティブでNPOやボランティアが行政に代わり得るのか、しかも網羅的にそれが可能なのか。その目途のないまま、まず財政削減ありきでは、即座の景気悪化が予想される。

第二に、財源として有力視されている睡眠預金の口座残高だが、行政サービスと同水準のサービスを、NPOなどが提供するだけの費用を賄える金額なのか、具体的な金額が示されていない。しかも、睡眠預金の口座に債務時効が使えるだけの特別立法をするのか、また預金者は銀行に払い戻す意思を示していた(時効の中断)のか、もめるケースも予想される。

第三に、州や地方政府への権限移譲を行い、財源も含めて検討することは、地域に合ったきめ細やかなサービスをするという点で、一般論としては間違っていないが、実際にそういう人材がいるのかどうか。英国でよく見られるのは、州や地区(borough)にはそうした人材がいないのでコンサルタント会社が入り、実態調査から解決策の立案まで請け負うという方法である。非常に高額の費用が支払われており、それならば地方自治体は何のためにあるのか、自治体職員の存在意義が問われよう。どういう権限を委譲すべきかという、最初の議論をキャメロン氏があまりしていないのも気になる。

確かに、政府や地方政府のデータ、情報をもっと開示し、日光消毒にかけるというのは非常に優れた政策であり、少なくともこれのみは成功するのではないかと考えられる。しかし、それ以外の政策は、どうも十分に煮詰まっているとは言えない。にもかかわらず「大きな社会」というスローガンだけを喧伝する。ブレアの「第三の道」よりも一層中身は詰まっていないと考えるべきであろう。サッチャー氏の「社会などはない、個人と家庭があるだけだ」という発言の方が、現時点では説得力があるのではないか。

保守主義の源流

その上、より根本的な問題は、「大きな社会」という思想が、実は大きな政府を志向する考え方だということだ。大きな社会のために、政府がお膳立てをする、政府が教育に介入する、お金の分配を変える。トーリー(保守党)の政策は、自由放任が原則で、どういう社会が良いかは、政府ではなく、国民が決めるというものであったはずである。大きい社会が良いという政府の音頭取りは、極めて介入主義的に思え、またその中身が抽象的であるがゆえに、プロパガンダ的ですらある。何か「文化大革命」といった匂いを感じるのは、筆者だけであろうか。

(2010年9月14日脱稿)

 

Mr. City:金融界で活躍する経済スペシャリスト。各国ビジネスマンとの交流を通して、世界の今を読み解く。
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