第11回 GDP比250%の政府債務を2度も返した英国
米格付け会社ムーディーズ・インベスターズ・サービスが先月22日、英国債の格付けを最上級の「Aaa」から「Aa1」に1段階引き下げた。英国経済の低迷が長引き、財政再建の難航が予想されるのがその理由だ。
米スタンダード・アンド・プアーズ(S&P)と欧米系フィッチ・レーティングスが英国債を格下げの恐れがある「ネガティブ(弱含み)」としていたが、格下げに踏み切ったのはムーディーズが初めて。米国やフランスは既に「最上級」を失っており、先進国(G7)で3大格付け会社の「最上級」を保ち続けているのは、ドイツとカナダだけになった。
政府債務残高が国内総生産(GDP)比で230%に達している日本は1998年に「最上級」から転落しており、以降、上から4番目か5番目の格付けを行き来している。しかし、長期国債金利は日本が最も低く、米国やフランスの場合も「最上級」を失った後、逆に長期金利は下がっている。英国の「最上級」喪失が国債市場に与える影響は限定的で、インフレや英通貨ポンド安のリスクの方が大きいとみられている。
キャメロン政権の大黒柱であるオズボーン財務相は「最上級死守」を公約に財政再建を進めてきた。しかし、政府債務は2016年まで膨らみ続け、GDP比で96%に達するとムーディーズは警鐘を鳴らす。
過去2年間、英国経済の成長率は通算でゼロに近く、オズボーン氏の財政緊縮策が内需を弱めたと批判されている。このため、氏は「サン」紙上で「政府債務の問題に取り組まなければ金利は上昇し、住宅の差し押さえや倒産が起きる。疑うのなら、深刻な不況に苦しむ欧州の国々を見ればいい」と主張、財政再建の手綱は決して緩めないと宣言した。
ナポレオン戦争と第二次大戦の後、英国はGDP比でそれぞれ250%前後の政府債務を抱えた。前者は産業革命と植民地拡大による経済成長で解消し、後者は激しい通貨切り下げとインフレ、倹約で何とか乗り切った。
第二次大戦後の英国の財政再建がどれほど苦しかったか、英国在住の森嶋瑶子さん(83)に尋ねてみた。瑶子さんはノーベル経済学賞候補だった故森嶋通夫さんの未亡人で、現在、文筆家としても活動されている。2人は1956年、大阪商船の貨客船で45日かけて英国にやって来た。「夫は米ロックフェラー財団から奨学金をいただきました。でも面接で話した英語は『ダイナミック・エコノミクス』という自分の専攻名だけ。外貨の持ち出しが制限され、1ポンドが1000円の時代でした」。
現在の為替レートは1ポンド、140円弱。戦後、米国から食料品や医療品などララ物資の支援を受けた日本では「戦勝国は豊か」というイメージが強かった。しかし、瑶子さんが目にした戦勝国・英国は、敗戦国・日本と同じくらい困窮していた。
使い古しのカーテンで衣服を作り、英国人の大学教授夫人もいつも同じオーバーコートを着て、擦り切れたハンドバッグを持ち歩いていた。セントラル・ヒーティングはなく、野菜は日本の方がまだ豊富だった。「英国の食事はホリブル(ひどい)と聞いていましたが、本当にホリブルでした」と瑶子さんは言う。インフレもひどく、1975年に年率25%に達した。翌年、英政府は国際通貨基金(IMF)に支援を要請する。
ブレア元首相の登場後、英国は金融資本主義に悪酔いし、倹約の美徳は廃れてしまった。それでも第二次大戦で米国から借りたオカネを2006年までかけて完済した。GDP比250%に比べれば、近い将来直面する同96%の政府債務は、英国にとって返済不能ではないのかもしれない。
片や日本は終戦直後、GDP比200%超の政府債務をハイパーインフレで帳消しにした。現在の政府債務はそれを上回る同230%。安倍晋三首相や麻生太郎財務相はいまだに財政再建の道筋を示していない。
瑶子さんは「英国の政治家には哲学がある。有権者も国民医療制度(NHS)を守るためなら、増税もやむなしと考えている。それに比べ、日本の国民意識はまだ成熟していない」とため息をついた。
日本の財政再建には通貨切り下げ、インフレ、経済成長の組み合わせが必要だ。しかし、それに加えて、最も大切な財政再建の気構えを欠いているように見える。
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