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Mon, 23 December 2024

木村正人の英国ニュースの行間を読め!

第27回 データ・ジャーナリズムに入門

第27回 データ・ジャーナリズムに入門

28年余勤めた新聞社を早期退職し、昨年8月からブログで情報発信を始めた筆者には3つのこだわりがある。インターナショナリズム(国際主義)、インディビデュアリズム(個人主義)、そしてインターネットだ。国際都市ロンドンは、3つの「I」を実験的に 実践してみるには最高の舞台である。

国際主義を伴わないナショナリズムは国家間の対立をあおり、個人主義の衰退した会社至上主義や国家主義は経済の推進力となる起業家精神を削ぐ。日本では新聞各社が強力で大掛かりな専売店網を抱え込むため、即売店中心の英国ほど新聞のオンライン化が進んでいない。日本の新聞が「紙」から「ネット」へ完全に移行するには、さらに10年以上を要するという予想すらある。

英国の新聞がネットにカジを切らざるを得なくなったのは、メディアの巨人BBCが「いつでも、どこでも」を合言葉にして一気 呵成(かせい)に放送のオンライン化を進めたからだ。メディアを制する者は世界を制す、というフロンティア精神が英国には息づく。新聞では「ガーディアン」紙が「アンリミテッド(無制限)」と銘打ち、「紙」の新聞には翌日掲載されるニュースを「ネット」で前日から流し始めた。お金を払わなくてもネットで記事を読めるのだから、新聞社の販売収入は激減。が、その一方で報道の可能性は劇的に拡大した。

誰もがニュースの発信者になれる市民ジャーナリズム。告発サイト「ウィキリークス」や米中央情報局(CIA)元職員スノーデン氏 の機密情報を基にした報道と各国メディア間の連携。こうした動きの背景では、インターネットを通じて大量の情報がもたらされているという現状がある。デジタル化されたデータをコンピュータで解析して問題の核心に切り込むデータ・ジャーナリズムは、新聞のオンライン化がなければこれだけ急速には普及しなかっただろう。

 

ブログを書き始めた当初、筆者のページ・ビュー(PV)は1日3PV程度。要するに家族しか読んでくれる人がいなかったわけだ が、今年は既に累計で1200万PVを突破した。ネットの威力を体験した筆者は「よし今度は、データ・ジャーナリズムに挑戦だ」と、ジャーナリストの溜まり場で開かれた2日間のワークショップに参加した。

表計算ソフトでデータをグラフ化できるようになればと安易に考えていたのだが、指導者のスチュアート・バートラム氏は英陸軍で情報活動を担当し、その後、英政府通信本部(GCHQ)に勤務したことがあるシギント(電子的な諜報活動)のエキスパートだった。オンライン上ではイスラム原理主義や極右のテロリスト、ハッカー集団が暗躍する。バートラム氏はネット上に残された彼らの足跡を手掛かりにソーシャル・ネットワーキング・マップを作成し、組織の構成や人間関係をあぶりだすプロファイリングの手法を説明してくれた。

事件取材や調査報道には少々の自信があった筆者だが、次元が違いすぎる。スノーデン氏が持ち出した機密資料を報道する「ガーディアン」紙の情報処理スピード、規模、質は10年前には想像もできなかったレベルに達している。報道の世界も他分野と同様、「高速化」「高度化」「専門化」が進む。「紙」の新聞をできるだけ長く生きながらえさせることに主眼を置く日本のメディアは欧米の進歩に太刀打ちできなくなっている。英語は世界の共通言語だ。ネット上に蓄積される英語のデータ量も天文学的なスピードで増えていく。これをコンピュータで処理して報道する欧米メディアに、ガラパゴス化した日本メディアが対抗できるとは到底、思えない。

 

しかし、2日間の講習で、読者の心に訴えるのは結局、昔ながらのジャーナリスティックな視点であることにも改めて気付かされた。クリミア戦争で負傷兵の治療に献身した英国の看護婦ナイチンゲールは統計学者としても有名だ。戦争での死者を分析して死因と死亡月をグラフ化、衛生状況の改善に取り組んで治療実績を向上させた。「公平で、少しでも住みやすい社会を築こう。そのためには情報の共有が必要だ」という志がジャーナリズムの原点になる。

講習の後、早速、ビジュアル化したデータを使った記事のリンクをスチュアートに送信すると、「いいぞ! この調子で頑張れ」という温かい励ましの言葉が返ってきた。

 

木村正人氏木村正人(きむら・まさと)
在英国際ジャーナリスト。大阪府警キャップなど産経新聞で16年間、事件記者。元ロンドン支局長。元慶応大法科大学院非常勤講師(憲法)。2002~03年米コロンビア大東アジア研究所客員研究員。著書に「EU崩壊」「見えない世界戦争」。
ブログ: 木村正人のロンドンでつぶやいたろう
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