第6回 ラジオ局のイタズラ電話が生んだ悲劇
王位継承順位第2位であるウィリアム王子(30)の妻、キャサリン妃(30)が第1子を身ごもったといううれしいニュースが、豪ラジオ局のイタズラ電話で悲劇に一変した。キャサリン妃は3日、重いつわりに苦しみ、ロンドンのキング・エドワード7世病院に入院。4日未明、シドニーのラジオ局「2Day FM」のDJ2人がウィリアム王子の祖母エリザベス女王と父親のチャールズ皇太子を装って病院に「孫娘のケイトと話せるかしら」と電話をかけた。
受付がいない時間だったため、インド出身の女性看護師ジャシンサ・サルダナさん(46)が電話に応対。女王からの電話と信じ込んだサルダナさんは病棟の看護師に取り次ぎ、この看護師が「キャサリン妃の体調は安定しています」などと受け答えしてしまった。
2Day FMは録音していた電話のやり取りを放送し、BBC放送など英メディアも大々的に取り上げた。ここで話が終わっていたならイタズラで済まされたかもしれないが、サルダナさんが7日朝、病院の職員寮で自殺しているのが見つかった。
サルダナさんは10年前に英国に移住。英王室御用達の同病院に4年以上勤めており、同僚から尊敬され、患者の信頼も厚かったという。責任感が強いサルダナさんはDJにだまされて電話を取り次ぎ、同僚の看護師に迷惑をかけたことを気にしていた。
英メディアによると、ウィリアム王子とキャサリン妃は誰も責めないよう病院側に伝えていた。病院側も処分は考えず、イタズラ電話の再発を防ぐため、取り次ぎマニュアルを見直すと発表していた。
サルダナさんは敬虔なカトリック。家族らが「デーリー・メール」紙に証言したところによると、高潔な性格で芯が強い人だったが、ナーバスな一面もあった。それだけにイタズラ電話に引っ掛かったことを強く恥じていたようだ。病院側は「患者に対する職務を忠実に果たそうとした2人の看護師を辱めた」という抗議文を2Day FMに送付。また、実直な看護師が聴取率稼ぎのイタズラ電話の犠牲になったことから、ソーシャル・メディアではDJ2人に対して「人殺し」などという批判が集中した。
2人は10日、豪テレビ局に出演、「もし私たちが彼女の死と関係があるのなら申し訳ない」と述べる一方で、「イタズラ電話は毎日のように行われており、こんなことが起きるとは誰にも想像できなかった」と悪意がなかったことを強調した。2人の説明では、番組の打ち合わせで病院にイタズラ電話をかけることが決まり、サルダナさんらとの会話を放送するかどうかの判断も番組責任者に一任したという。2Day FMの親会社は「録音した会話を放送する同意を取り付けるため、病院側に5回以上連絡した」と釈明。オーストラリアでは、会話の録音や放送には当事者の同意が必要で、今回の一件は放送法に違反している疑いがあり、英警察当局は豪当局に連絡を取っている。
オーストラリアでは「英メディアによる魔女狩り」とDJを擁護する声が強く、世論調査によると、68%が「2人を責めるのは酷」と回答していた。
サルダナさんは夫(49)、長男(16)、長女(14)の4人家族。非番のときだけ英南西部ブリストルの自宅に戻っていた。夫は交流サイトのフェイスブックに「最愛の妻の死に打ちのめされている。インドの故郷で眠らせてやりたい」と悲しみを書き込んだ。どんな小さなイタズラにも被害者がいる。今回の被害者は、患者を世話するため未明まで働いていた勤勉な看護師だった。
DJと豪ラジオ局は悲劇を予見できなかったと弁明したが、ラジオ局が放送法で課せられた適正な手続きを守っていたなら悲劇は回避できたはずだ。もともとこんな形で無断録音された会話の放送に同意する人がいるのだろうか。ラジオ局の弁明はアリバイ作りか、開き直りにしか聞こえない。
グローバル化の時代、文化や宗教、習俗の違いが思わぬ悲劇を引き起こすことがある。ラジオ局の誰一人も英語が母国語でない人を英語で欺くことにためらいを感じなかったのだろうか。それともスタッフ全員が同じようなイタズラを日常的に繰り返していたのだろうか。メディアには多少のことなら許されると思い上がっていたとしたら救いようがない。
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