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Sun, 24 November 2024

Life at the Royal Ballet バレエの細道 - 小林ひかる

第29回 「鏡よ鏡……」

15 November 2012 vol.1375

鏡よ鏡
鏡の前で黒ぶたちゃんの練習中。
可愛らしく見えますか?

皆さんは一日にどのくらい、鏡を見ていますか。

朝起きてバスルームに行ったとき、着替えるとき、お手洗いに行ったとき、夜寝る前に歯を磨くとき、そして女性の場合はお化粧直しのとき、などなど……。回数こそ人それぞれだと思いますが、時間的に考えてみると、合計で数十分程度ではないでしょうか。

私たちダンサーは、一日の3分の1の時間を鏡の前で過ごします。バレエのスタジオには必ず鏡が張ってあり、そこで朝のリハーサルから夜の公演前まで、好きだろうと嫌いだろうと、自分の姿と向き合わなければならないのです。

自分の姿がどのように映るか、最後の最後まで確認する。これは一種の「obsession」と言っても良いと思います。あるとき、ロイヤル・バレエ団のツアーの最中、とある劇場で鏡のないスタジオを使わなければならなかったことがあります。そこのスタジオに入ったときの皆の第一声は、「鏡はどこ!?」でした。どれだけダンサーにとって、鏡という存在が大事か、お分かりいただけるのではないでしょうか。私たちにとって、鏡は職業道具の一つであり、無くてはならないものなのです。

その一方で、一つ気を付けなければならないのは、あまり鏡を見すぎると、舞台に上がったときにも視線がつい、あるはずの鏡を追ってしまい、舞台で役を演じているはずなのに、なぜかスタジオで練習しているかの様に見えてしまうことです。そのため、バレエ団では公演の一週間前ぐらいになると、合同練習の際には鏡のない壁を正面にして練習し始めます。

ですがときには例外もあります。「ウェスト・サイド・ストーリー」など数多くのミュージカルにもかかわっていた米国の振付家、ジェローム・ロビンス振付の「牧神の午後」という作品は、舞台の設定がバレエのスタジオの中になっています。本番では観客席が鏡ということになり、真っ暗闇の観客席を鏡に見立てて踊らなければなりません。いつもの練習と同じように踊れば楽なのでは、と思われるかもしれませんが、これはこれで、普段心掛けていることとは全く逆の設定になるので、意外と戸惑うらしいです。

今回の写真は、数年前に演じた、「ピーター・ラビット」の登場人物が勢ぞろいする作品「ベアトリクス・ポター」の黒ぶたちゃんです。見てお分かりの通り、被りものを着けて踊らなければならないこの役は、自分の目や口の位置が被りもののそれとずれていますので、練習のときに鏡の前で、自分の手(ぶたの前足)がどこを触っているか、一回いっかい確認しながら表情を創るので一苦労です。特に私の演じた黒ぶたちゃんは真っ黒の顔なので、ただでさえ怖い顔。それを可愛らしく見せるために、鏡を見ながらどうやったら少しでも可愛い表情になるか、研究しました。自分で目を触っていると思ったところが実は鼻であったり、口だと思ったら鼻だったりと、鏡なしでは、とても練習になりませんでした。

鏡はとても正直です。ときには味方であったり、ときには敵であったりします。鏡に映し出される自分の真の姿、それを受け入れるのも受け入れないのも自分次第だと思います。もし、鏡がこの世に無かったら、一体どんな世界になっているのでしょう。

「鏡よ鏡、世界で一番美しいのはだーれ?」

 

小林ひかる
東京都出身。3歳でバレエを始める。15歳でパリ、オペラ座バレエ学校に留学。チューリッヒ・バレエ団、オランダ国立バレエ団を経て、2003年から英国ロイヤル・バレエ団に入団。09年ファースト・ソリストに昇進した。
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