第32回 5年ぶりの「病欠」
4 January 2013 vol.1378
新年あけましておめでとうございます。
突然の話だが12月始めに風邪を引き、バレエ団のリハーサルを1日休んだ。「だからどうしたんだ」と思う人もいるかもしれないが、自分はこの5年間、怪我を除き病気で会社を休んだことが一度も無かった。
英国ロイヤル・バレエ団に入団すると、ダンサー一人ひとりが体調管理に気を配ることを義務づけられる。ここ数年はダンサー全員を対象にシーズン始めに血液検査を実施。体内のビタミン量を調べ、不足しているダンサーにはビタミン剤が配られるなど、徹底した健康管理がなされている。
それは前回のコラムでも書いた「白鳥の湖」のパドトロワ(3人の踊り)を踊った後のこと。1幕で終了し、その後出番の無い自分は、シャワーをさっさと浴びステージ・ドアを後に。その日の夜は特に寒く、体を震わせるようにして駅に走り込んだ。地下鉄の車内では、隣にいた人が具合悪そうにティッシュで顔を押さえ咳き込んでいた。そのときは「そろそろ風邪が流行る季節だなぁ」などと考えていたのだが、電車を降りるや否や、自分の体調の変化に気が付いた。
まずは体が岩になったように固く重く感じる。体が急に地面に落ちていくようだった。そして帰宅後にはくしゃみと鼻水が止まらなくなった。いつものように熱いお風呂に入り、その日はすぐにベッドに入ったのだが、翌朝には のどが燃えるように熱く、鼻水もひどくなっていた(汚い話で申し訳ない)。加えて耳鳴りが止まず、飛行機に乗っているかのように耳が完全にブロックされ、手の指の関節や肘の関節にも痛みを感じるようになっていた。
運悪くもその日からは2夜連続でトリプル・ビル(小品3作)の公演があり、自分の役には代役がいない。どうしても舞台に行かなければならなかった。半べそ状態で薬局に飛び 込み薬を手に入れ、重い体と戦いながら何とか2日間の舞台を乗り切り、週末を迎えることができた。土曜日の舞台後には帰宅するやベッドに倒れ込むように眠りについた。恥ずかしい話なのだが、このときには鼻水があまりにもひどかったので、鼻にティッシュを入れ たままにし(北海道ではこれを「つっぺする」と言う(笑))、布団に入った。遠い昔、日本の母から送ってもらった風邪薬や熱冷ましを引っ張り出し、布団で目をつぶった。
ありがたいです
死んだように眠った週末が終わり月曜日。この日は舞台が無かったので、5年ぶりに病欠の電話をオフィスに入れた。それから何時間眠ったか分からないが、気が付くと携帯が鳴っている。以前話したことがあるが、バレエ団からの連絡はいつも非通知設定だ。電話を受けたのは火曜日の朝、同日の公演への出演が可能なのか、心配しての連絡だった。激しい空腹感に襲われていた自分はキッチンにある食べ物を食べ尽くし、体に力が入ることが確認できたので、舞台に出ることを決めた。
大きな声で言うべきことでもないが、自分は舞台人であることに誇りを持っている。舞台人が舞台に出なくてどうすると自分に言い聞かせ、舞台に臨んだ。ステージ上、音を聞き取れない自分の耳元で同僚やパートナーがカウントを取ってくれたのがありがたかった。
長々と書いてしまったが、今回言いたいのは「今年の風邪は超強烈だ」ということ。現在ロイヤル・バレエ団ではこうした風邪が広まっていて、ダンサーは毎日苦しみながらも 舞台に立ち、頑張っている。皆が舞台人としての誇りを持って、少しでもお客さんに楽しんでもらえるよう、舞台を作り続けている。
2013年も色々なドラマが待ち受けているだろう。でもどんなことがあってもバレエを愛してくれる人の気持ちを裏切らないよう、舞台を楽しんでいこうと思う。