第50回 聖メアリー・オルダーマンベリー公園
シティのギルドホール裏手にある聖メアリー・オルダーマンベリー公園では、早春にコブシ(日本原産)、陽春にハクモクレン(中国原産)、初夏にタイサンボク(米国原産)が次々に見事な花を咲かせ、上品で甘い香りを放ちます。これらはいずれもマグノリア(モクレン属の総称)の仲間で、一億年前から存在する植物だそうです。花言葉は「高貴」「自然への愛」「不撓不屈(ふとうふくつ)」。原始時代からその美しい姿を変えず生き延びてきました。
公園には四季折々の植物が植えられている
また、中国で望春花という別名を持つハクモクレンは、方向指標植物=コンパス・プラントとしても有名です。陽の当たる南側の部分が先んじて膨らみ始めるので、ほとんどの蕾(つぼみ)の先が北を指します。北の天空には北極星があるので、「植物界のポラリス(北極星)」と呼ばれるそうです。ちなみに北極星を見つける手掛かりとなる北斗七星は、春の宵空にいち早く登場して光輝く「春告星」。地上も天空も春爛漫の季節というわけです。
右斜め上が北方向を示している
前置きが長くなりました。この公園は第二次大戦で破壊された聖メアリー・オルダーマンベリー教会の跡地に出来ましたが、戦後のシティでは廃墟となった教会を撤去する余裕がなく、そのまま放置されていました。ところが1964年、チャーチル元首相の記念館建設で事態が変わります。米国ミズーリ州フルトンにあるウェストミンスター・カレッジから、この教会を大学で復元したいので、その瓦礫を送って欲しいというリクエストが届いたのです。
公園に残された教会の復元図
同大学はチャーチルが1946年に行った、米ソ冷戦の幕開けを告げる「鉄のカーテン」演説で有名になりました。演説の前、彼が「クリストファー・レンの教会を米国で復元出来れば、英米連携が強まり人類の平和と未来に資する」と言っていたそうで、その実現化に動いたのです。12世紀からあったこの教会はジョン・ミルトンが挙式し、シェイクスピアとも所縁があります。1666年のロンドン大火で焼失し、レンにより再建されました。
米国で復元されたレンの教会
7000個に及ぶ瓦礫が米国に輸出され、前代未聞のジグソーパズルが開始。5年かけてチャーチル記念館の一部としてこの教会が大学で復元されました。もちろん、これは国外で唯一のレンの手による教会。レンにより大火から蘇り、英米の友情により戦火から蘇りました。マグノリアの花言葉「高貴」と「不撓不屈」が似合います。教会の西塔の跡地に立つタイサンボクが間もなく花を咲かせ、初夏を告げます。マグノリア三重奏の最終楽章の始まりです。
タイサンボクが花咲くころ、初夏が告げられる