第147回 ストランドは過去と未来を結ぶ岸辺の道
シティとトラファルガー広場を結ぶストランドという通りがあります。ストランドは岸辺を意味する古英語「ストロンド」に由来し、テムズ川と並行に走る岸辺の道。この通りのシティに一番近い教会が聖クレメント・デーンズです。9世紀後半に英国東部を支配したデーン族(ヴァイキング)が建てたと言われ、船乗りの守護聖人、聖クレメンスが奉られています。
聖クレメント・デーンズ教会
この教会の北西部オールドウィッチに立つ瀟洒(しょうしゃ)なビルはブッシュ・ハウス。2012年まで国営放送のBBCが入居していましたが、現在はロンドン大学の一つ、キングス・カレッジ・ロンドンの校舎の一部になっています。その南壁に目を向けますとヴァイキングの船の意匠が彫られています。ヴァイキングのレイフ・エリクソンが西暦1000年ごろに北米大陸に到達したことをモチーフにしたもので、この周辺がヴァイキングと所縁があったことを示しているかのようです。
ヴァイキングの船の意匠
ウィッチとは古英語で「港町」を意味します。なのでオールドウィッチは「古い港町」。ロンドンはローマ植民地時代にロンディニウム(沼地の砦)と呼ばれていましたが、5世紀初めにローマ人が撤退するとケルト人、アングロ人、サクソン人、デーン人が争う戦国時代に。デーン人がシティの周辺にルンデンウィック(ロンドンの港町)を造りましたが、9世紀末にサクソン人が奪還し、シティ区域をルンデンブルグ(ロンドンの砦)と呼びました。現在のようにシティと呼ばれるのは11世紀後半以降のことです。
黄色部分が886年にサクソン人と合意されたデーン人の領土
さて、ストランドに関しては他にも逸話があり、ストランドの西端にあるストランド1番地はロンドンで最初に住居番号が付けられた場所と言われています。時はチャールズ2世の時代(1660~1685年)で、ロンドンの起点ポイントを表す道路元標(げんぴょう)に最も近かった国務大臣エドワード・ニコラス卿の邸宅が1番地の名誉を授かったようです。
ストランド1番地はロンドン最初の番地
1766年、シティの舗装・街灯条例により住居番号の設置が各地に広まりますが、ストランドは随分早くから番地が付いたことになります。ちなみに現在のストランド1番地に建つビルには「絶滅危機に瀕した動物のレリーフ(1990年作)」があります。時代の前衛を走り、対面のトラファルガー広場でドカンと腰を据えるライオン像とは対比をなします。テムズの流れは絶えずして元の水にあらずとも、岸辺の道はしっかり過去と未来を結んでいます。
絶滅危機にある動物のレリーフ