第240回 聖ヨハネ騎士団博物館と社会奉仕

4月のロンドン・マラソン大会や11月のシティ・ロード・メイヤー・ショーなど、大きなイべントで緑色の制服を着たセント・ジョン救急隊員や、その救急車をよく見かけます。隊員たちは、人命救助の応急措置の指導と実践をボランティアで行う非政府団体。もし突然、人が倒れて心肺停止の状態に陥ると、救急車が到着するまでの数分間に適切な応急処置が施されたかどうかが生死の分かれ目になるそうです。応急措置はとても大切です。

セント・ジョン救急隊の救急車

さて、英国のセント・ジョン救急隊は19世紀後半に組織されましたが、その源流は11世紀にイスラエルのエルサレムで組織された聖ヨハネ騎士団です。もともとヨハネ修道院のあった場所に病院を兼ねた宿泊所を建て、キリスト教徒の医療活動に従事したことから病院騎士団とも呼ばれました。やがてイスラム教徒との戦闘が激しくなるとその軍事的な貢献度も高まり、聖ヨハネ騎士団は文武両道の騎士として活躍しました。

イスラム教徒と戦う病院騎士団（聖ヨハネ騎士団博物館蔵）

12世紀半ば、英国王ヘンリー2世はこの騎士団に勅許 (ちょっきょ)を与え、シティの北西側クラーケンウェルに大きな修道院を建てることを許しました。それ以降、その修道院が聖ヨハネ騎士団の英国拠点になりました。ちなみにクラーケンウェルの地名は修道院の庶務（クラーク）が水汲みした井戸（ウェル）があったことに由来します。しかし16世紀半ば、ヘンリー8世が宗教改革で修道院の解散を命じると、その土地は貴族に払い下げられました。

シティ北西部セント・ジョンズ・ゲートにある聖ヨハネ騎士団博物館

一方、騎士団の本部も衰退の一途をたどります。イスラム教徒の激しい追撃を受けて、当初のイスラエルから13世紀にキプロス島、14世紀にギリシャ・ロドス島、16世紀にマルタ島へと西方に本部が移動しました。マルタ島ではローマ教皇の保護を受け、マルタ騎士団と名称を変えました。ところが18世紀末、仏ナポレオン軍に追放されて領土を失います。すると騎士団は「領土なき国家」としてイタリアのローマにある建物内部に移りました。

病院騎士団からマルタ騎士団への軌跡

ローマでは元来の設立の主旨だった医療活動に立ち返り、以降、応急措置の支援と実践を世界的に展開するようになりました。その活動の担い手がセント・ジョン救急隊です。1888年にヴィクトリア女王が勅許を与え、英国でも活動が広がりました。そして1978年、ロンドンに聖ヨハネ騎士団の博物館が作られ、その歴史やセント・ジョン救急隊の活動が展示されています。今般、博物館を訪れて強く印象に残ったことは、知・徳・体のバランスと社会奉仕の大切さです。波乱万丈の歴史が駆け巡った後、最後に残ったのが人道です。

20世紀初頭の救急道具（聖ヨハネ騎士団博物館蔵）

寅七さんの動画チャンネル「ちょい深ロンドン」もお見逃しなく。