#29 愛くるしい顔の真っ赤な掃除機
くりくりとした目ににっこり笑う口元。「ヘンリー」の愛称で知られるニューマティック・インターナショナル社の赤い掃除機は、英国で生活していれば一度は目にしたことがあるのではないだろうか。英国生まれの高機能掃除機といえばダイソンが広く知られているが、ヘンリーは創業者のやんちゃ心から生まれた商品だ。
ヘンリーの生みの親であるクリス・ダンカンは、石炭やガスのボイラーの内部に張り付く、煤や泥を吸い取るための頑丈で性能の良い業務用掃除機を1969年に作り、ニューマティック・インターナショナル社として事業をスタートさせた。この掃除機は強力なモーターを要するため、ドラム缶状の大きな入れ物を必要としたが、これが後に誕生するヘンリーの胴体の原型となり、パワーある吸引力の秘密となる。1970年代、ダンカンはポルトガルのリスボンで行われた見本市に当時自社で販売していた掃除機を出展する。ダンカンいわく、「(見本市は)あまりにも退屈だった」ため、掃除機にユニオン・フラッグを付け、その場で見つけたチョークで笑った口を掃除機に描いた。これを展示したところ、訪れた人々が次々に指を差し、笑ったという。
これをヒントに見本市後、新たな顔をデザインするよう社員に指示し、英国人らしい「ヘンリー」という愛称をつけて、中東のバーレーンで行われた次の見本市に持ってくことを決める。同見本市で、ある病院の看護師が子どもたちの病棟のために掃除機を受注。これを皮切りに1981年に発売を開始し、以降生産数を着々と伸ばし、多くの家庭で使われる掃除機として広まっていった。一方、顔付きの掃除機は、子どもたちが保護者の監督なしで遊ぶ危険性があるとして、現在は英国以外の一部の販売国では、顔のプレートを取り外しできる仕様になっている。
ヘンリーは首相官邸のメディア会見を行う部屋の隅に置かれている様子や、ロンドンのウェストミンスター寺院の外壁掃除で、地上30メートルの高さに吊り下げられる姿が写真に収められたりと定期的に話題に上がる。同社はヘンリーの宣伝活動を特別行なってはいないが、さまざまな場所で使われていることが証明されている。