「ギャンブル」。私たち日本人がこの言葉を聞くと、何となく違法? というか悪いイメージを感じてしまうもの。でもここ英国では一定の規定の下、競馬、カジノ、ブックメーカーなど、さまざまなギャンブルを健全に楽しんでいる人々がいっぱい。そう、英国は知る人ぞ知るギャンブル王国なのだ。今回はその中でも日本人には馴染みの薄いドック・レースに注目。また階級意識の残る英国ならではの古今東西ギャンブル事情もご覧あれ。(本誌編集部: 村上 祥子) ドッグ・レースとは 競馬と同じように、犬を競争させてその順位を競うレース。まずはトラックの1番外枠に設けられたレール上に取り付けられたルアー(疑似餌。通常ウサギのぬいぐるみやニンジン)が動き出し、それを競争犬たちが一斉に追いかけていく。客は単勝、複勝などを予想し(詳細は本文参照)、犬券を購入。レース結果により配当金が出るという仕組みだ。通常ドッグ・レースで使われるのはグレイハウンド犬。小顔で無駄の一切ない筋肉質な体、細く長い足を持つグレイハウンドはまさに「生まれながらのレース犬」(ポールさん談)だ。 いざ、ウォルサムストウ・グレイハウンド・レーシング・スタジアムへ! ロンドン北東部ウォルサムストウ。地下鉄のウォルサムストウ・セントラル駅からバスで15分ほど行くと、何もない暗闇の中に突如派手なネオンに彩られたドッグ・レース場、ウォルサムストウ・グレイハウンド・レーシング・スタジアムが見えてくる。思ったより小さめで地味な入り口には、いかにも常連という雰囲気の中高年男性たちが1人また1人と集まってくる。「やっぱりディープな感じ……」と恐る恐る近付くと、係員に「ここから入ると入場料は安いけれども、レースの様子は見にくいし、レストランやバーにも行けないよ」と教えられる。そう、ここは一般客ではなく、いわゆる常連専用の入り口だったのだ。入場料は安いものの、スタート/ゴール・ラインから離れた席で、レストランなどの施設を利用することはできない。改めてレース場左手にあるメインの入り口に行くと、カップルや20〜30代の男女グループなどが楽しそうに語らっているのが目に付いた。両入口の雰囲気の違いに英国らしさを感じつつ、いよいよスタジアムへ。6ポンドを払うと、チケット代わりとなるプログラムを手渡される。 レース場はトラックを四方に囲むように観客席やレストランなどの建物が並んでいる感じ。正面から見て右手は常連が集う「Popular Enclosure」で、観客席以外はほとんど何もなく、左手の「Main Enclosure」にレストラン、バーなどの各施設が揃っている。外に出ると、競馬場をそのまま小さくしたようなかわいらしいトラックと観客席、そして予想屋の屋台が並ぶ。とはいえ冬の寒い最中。外の観客席で観戦しようという人はほとんどいない。 観客の大部分が集まるのは2階、または3階にあるレストランやバー。すっきりとしていて清潔感のある店内は、暖かくて居心地も抜群。ガラス越しにトラックもよく見えるし、店内の至るところにモニターも置かれているから、くつろぎながらレース観戦を楽しむことができる。 今回私たちが陣取ったのは、1番人気だという「Stowaway Bar & Stowaway Restaurant」内のテーブル。ここで人生初のギャンブルにチャレンジだ。 高級感溢れるレストラン。ここでは店員が賭けの注文を取ってくれる(?)ので、わざわざレースごとに犬券を買いに行く必要もない。6週間前には予約が必要というほど土曜日には大混雑だそう。 一流クラブと見紛うばかりのVIPスペース。2つのボックスに分かれていて、各スペースを貸し切ってレース観戦を楽しむ。主に企業の接待に使われるゴージャスな場所だ。 1階にポツンとある小さなカフェ。トラックには面していないので、観戦には適していないと思いきや、常連っぽいおじさんたちがモニターとパンフレットを見つつ、ひたすら賭けに興じている。ここには何やら真剣な雰囲気が……。 広々としたバー & レストランは、最も多くの人たちが集まる場所。チケット売り場も設置されている。お酒の種類は豊富だが、レストランにはホット・ドッグ、フィッシュ・アンド・チップスなど数種類しか置かれていないのがちょっと寂しい……。 屋台ごとに賭け金や配当が異なるので要注意。以前はトラックの隅から隅まで並んでいたらしいが、今ではゴール付近に数人いるだけ。 寒いのでさすがに人の姿もまばら。
レース犬たちの小屋。冬場は寒いので、ここから出てきてスタートするまでの間は暖かそうなコート(?)を着ている。
隠れギャンブル王国の英国。でもさすがは英国人、「英国らしさ」は忘れない。ジェントルマンのたしなみ、「紳士クラブ」から近い将来誕生する「スーパーカジノ」まで、英国情緒漂うギャンブル模様をざっとご紹介しよう。 英国全土、誰もが気軽にギャンブルを楽しめる場所、それが政府公認の賭け元「ブックメーカー」、通称「ブッキー」だ。とにかく高級住宅地であろうと少なくとも1軒はあると言えるほど至るところにあるこのブッキー、「ウィリアム・ヒル」や「ラドブロークス」などの有名チェーンなどは見た目も小奇麗でパッと見は銀行にも見えなくもない。生真面目そうに見える英国人だが、実は世界でも類を見ないほどの賭け事好き。ブッキーには平日の昼間でも賭け事に精を出す人々が常にいっぱいだ。とはいえやっぱり堅実な国民性を反映してか、その楽しみ方は地味。賭けの対象は日常生活におけるありとあらゆる事象。サッカーや競馬はもちろんのこと、リアリティー番組の勝者が誰になるか、クリスマスには雪が降るか、などというのまでが取り上げられるのがある意味すごい(何といっても元手がタダ!)。賭け金は最低25ペンス前後。物価高の英国、25ペンスで買えるものなど他にあるだろうか? ここまでお気軽に楽しめてしまうと、誰も彼もがギャンブルにはまってしまうのでは、と他人事ながら不安に感じてしまうというもの。実際、ブックメーカーでは政府から受け取った失業手当を元手にギャンブルを楽しむ失業者の姿も目に付く。そこで政府が考えたのは、ブックメーカーの廃止、ではなくギャンブル依存者救済キャンペーン。ギャンブルを推進する一方で、依存者に対してはギャンブルの悪を説き、カウンセリングを受けるよう必死に訴えかける。タバコのケースに「Smoking Kills」表示を義務付けるのにも似た政府の苦肉の策に、ギャンブルに対する人間の飽くなき欲望を感じずにはいられない。 店に入ると、平日のお昼にも拘らず、賭け事に勤しむ大勢の男性の姿が。何せ何も分からない初心者のため、しばし観察してみることにした。競馬やドッグ・レース、サッカーなどのスポーツ関連、「ビッグ・ブラザー」などのリアリティー番組や政治家などの有名人関連を窓口で、その他ポーカーやルーレットなどのゲーム関連をマシンでやるのが定番らしい。 さあいよいよ挑戦だ、と今度は窓口で質問攻めにする。窓口の男性はとてもフレンドリーで、賭け方や種類、賭け率などを詳しく説明してくれた。「どれかすぐ結果が分かるものをやってみたいんだけど」と伝えると、ホース・レースを勧められた。大きなレースだと事前に買う人もいるが、大体みんな当日になって馬の調子や様子を見て買うらしい。 そして、ついに馬を選ぶときが来た。うーん……。勝率とかで決めるべき? でもここは一つ名前で決めてみよう。そう思った私は「Sound of Cheer」を選択。何か縁起が良さそうな良い名前だったから。実際に競馬が始まると3分もしないうちに終了。私は結局Cheerを上げることなく終わった。でもおじちゃんたちと一緒になって行く末を見守っていた自分は、すっかりその場に馴染んでいた。みんな1人でやって来ているのだけれど、自分が賭けた馬が負けた時の「Oh my god」の言い合いには、ちょっとした仲間意識が垣間見える。実際に競馬場に行ってみたら上流階級の雰囲気を味わえそうだけれど、巷に溢れたブックメーカーに行ってみるのも英国ならでは、なのかもしれない。
カジノと聞いた時、どのような光景を思い浮かべるだろうか。米ラスベガスのゴージャス・カジノ? それとも犯罪の匂いがプンプン漂う怪しげな小部屋? 英国カジノの歴史はやはりというべきか、上流階級の人々の集う「紳士クラブ」から始まった。 フランス、パリのカフェやサロンなどで広まっていた、カードを中心としたギャンブルが英国に伝わったのは、大英帝国が全盛期を迎えていた19世紀のこと。暇とお金を持て余していた上流階級の男性たちがタバコや酒を楽しむ女性厳禁の会員制クラブ内であっという間に広まった。 当時と異なり、現在ではいくつかの制限はあるものの、基本的には上流階級でなくとも(そしてもちろん女性でも)気軽にカジノを楽しむことができる。しかしそこは英国。古き良き時代の情緒を今に残す老舗カジノの姿を現在でも目にすることができる。 ロンドン中心部のピカデリー・サーカスからグリーン・パークにかけての一帯は19世紀、「紳士クラブ」が数多く存在した高級エリア。今でも英国を代表するカジノが威風堂々とそびえ立っている。その中でも特に知名度が高いのが「ザ・リッツ・クラブ」。あの高級ホテル、「リッツ・ホテル」内部にあるカジノで、設立は1978年(あくまで正式には、ということらしいが)。ホテルで以前ボールルームとして使われていた場所を使用しているこのクラブは内装も絢爛豪華。会員になるには今でも厳しい審査を通過し、1000ポンドの会員費を払わねばならない。 近い将来、スーパーカジノや大型カジノが全国につくられることになる英国。カジノへの敷居は低くなるが、その一方でこれら老舗カジノの伝統と美学は、少しづつ形を変えながらも脈々と続いていくことだろう。 あらゆる階層の人々に愛され続けているギャンブル。ギャンブルに関しては寛容であることで知られる英国だが、その背景には政府のせつないまでの試行錯誤があった。政府は一昨年の賭博法改正でギャンブルの規制緩和を打ち出したが、英国ギャンブルの歴史はこれまで規制、緩和、規制、緩和をひたすら繰り返しているのだ。 近年、徹底的なオンライン・ギャンブル規制に乗り出した米国とは対照的に、英国では一定の規定の下、オンライン・ギャンブルは政府公認で行うことが可能だ。昨年10月31日にはロンドン、アスコット競馬場に約30カ国の代表を招き、オンライン・ギャンブル事業の国際的容認と利用者保護を目的とした規制づくりを訴えたというから涙ぐましい努力と言える(しかし競馬場で国際会議というのがスゴイ)。 以前は国内でのオンライン・カジノ開設は禁止されていたものの、賞金を持ち込むことは可能だったため、合法の国で会社を設立・運営するというのが主流だった。しかし2005年賭博法により、国内による営業も許可制に。オンライン・ギャンブルならば高い入会金を払う必要もなく、自宅で心ゆくまで本格的なカジノを楽しめる。今後さらにオンライン・ギャンブルの人気が高まるのは必至と言えよう。 つい先日には米ラスベガス形式の巨大カジノ「地域カジノ」(スーパーカジノ)の建設推薦地が決定。数年のうちに、これまで以上に気軽にカジノ体験ができるようになる。ギャンブルの持つ社会的悪影響に戦々恐々としつつ、世界有数のギャンブル保護国として知られる英国。今後どうなるかは神のみぞ知る、といったところか。 |
Fri, 11 October 2024
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