Vote 100
1918-2018
女性が参政権を得て100年
英国初の女性議員
ナンシー・アスター
1919年、女性初の下院議員となったナンシー・アスター(写真中央)
近年、SNSを使いセクシャル・ハラスメントの被害を訴える #MeToo や、男女の賃金格差解消を求める動きが世界各地で次々に起きている。女性の権利を訴える運動は現在、過渡期の様相を示していると言えるだろう。折しも今年は英国で女性の政治参加に関する重要な法律が制定されちょうど100年。「Vote100」と題して関連イベントも各地で計画されている。ここでは、英国で初めて下院議員となった女性ナンシー・アスターについて紹介しよう。
「Vote100」とは?
1918年、1928年、1958年に起きた、女性の政治参加にまつわる5つの大きな出来事に着目し、一年を通してその関連事項を紹介する英国議会主催のイベント。ロンドンだけではなく英国各地でエキシビションやトークが開催される。ナンシー・アスターとはどんな人物だった?
1919年に英国で女性初の下院議員になり、1921年まで唯一の女性議員だったナンシー・アスター。男性議員の中で一人奮闘したナンシーの生涯、仕事、人柄にまつわるエピソードを見ていく。
生涯英国にやって来たバツイチの美しい米国人
1879年に米東部バージニア州で誕生したナンシー・ウィッチャー・ラングホーン(Nancy Witcher Langhorne)は、鉄道建設業で成功した裕福な一族の出身。1897年に資産家のロバート・グールド・ショー2世と結婚し息子が生まれるが、1903年に離婚。父親の勧めで26歳のときに英国行きを決意し、その船上でアスター財閥の跡取りである米国生まれのウォルドーフ・アスター(Waldorf Astor)と出会い、1906年に結婚する。ウォルドーフとともに英南東部の瀟洒なマナー・ハウス、クリブデンに移り住んだナンシーは、米国出身ならではの飾らない人柄と才色兼備の魅力を発揮し、英国内外の貴族や政治家などと交流。社交界の花形として活躍する。
1910年に夫のウォルドーフが、英南部プリマス選挙区から自由統一党候補として下院議員に立候補し当選。後に1919年に子爵位を持つウォルドーフの父が死去したため、その爵位を継承し上院議員になる。ナンシーは、ウォルドーフが上院議員になったことで空いた議席に立候補し、同年、下院議員に。未成年者へのアルコール販売を禁止する法案を提出するなどし、1945年まで議員として務めた。1964年に英東部リンカンシャーのグリムズソープ城で死去。84歳だった。
画家のサージェントが描いたナンシーの肖像画。ナショナル・トラスト所蔵
アスター夫妻の邸宅の一つだったクリブデン・ハウス
業績未成年者へのアルコール販売禁止法案を提出
英国の議会において、米国人でしかもたった一人の女性という立場は、当時、相当に風当たりが強かったことが想像できる。議員の中にはナンシーと話すことを拒む者もいたという。1928年にナンシーは、「最初の女性議員になったことは名誉でしたが、時々、本当にこれが名誉なのだろうか、と疑問を感じることがありました」「女性や子供に関する問題や、社会や道徳の問題について私が質問すると、周囲からヤジが上がり、5分も10分も止まらないのが常でした」と振り返っている。
1920年2月24日、あまり協力的とは言えない男性議員を中心とした500人以上を前に、ナンシーが議員として最初に行ったスピーチは、「アルコール販売に規制を設けよ」というものだった。飲酒は女性や子供の健康を害すばかりでなく、英国経済にも損失を与えるとして、規制の重要性を説いた。1923年にこの法案は議会を通過。初めて女性議員の提出法案が成立した。そればかりか、18歳未満へのアルコール販売禁止というこの原則は、現在も引き続き英国で守られている。
人柄チャーチルとの口論もいとわない毒舌家
後に首相となる政治家ウィンストン・チャーチルは、才気煥発なナンシーとたびたび毒舌の応酬をしたと言われている。議会に現れたナンシーに向かって、「女性が議会に来るなんて、なんだか浴室をのぞかれたみたいだ」とチャーチルが言ったところ、それに対しナンシーは、「そんなことを心配をするほど、あなたはハンサムではないでしょう」とぴしゃりとやり返している。またあるときはナンシーが、「もし私があなたの妻だったら、その飲み物に毒を入れているでしょう」と言い、チャーチルは「私があなたの夫だったら、それを飲み干すね」と答えるといった具合。更に、ナンシーに、「あなた、酔っていますね!」と指摘されたチャーチルは、「マダム、あなたは醜い。酔ったところで明日になればその酔いは覚めるが、あなたの醜さは変わらない」と答えたという。
しかしながら、米画家のジョン・シンガー・サージェントによる肖像画(上写真)でも分かる通り、実際のナンシーは美しい女性だった。また、アスター家の夫人付きメイドであるロジーナ・ハリソンの回想記「おだまり、ローズ: 子爵夫人付きメイドの回想」には、ナンシーの勝ち気で強引な面が愛情を持って描かれている。
ナンシーと毒舌の応酬をした政治家、ウィンストン・チャーチル
Vote 100
女性の政治参加をめぐる5つの記念日
今から
100年前
1918年2月6日
一部の女性に投票権
1918年国民代表法(Representation of the
People Act 1918)が制定。21歳以上のすべての男性、30歳以上の一部の女性(世帯主、世帯主の妻、5ポンド以上の不動産所有者、大卒者、のいずれかに限る)に投票権が与えられた。女性が投票権を持つのは初めてで、該当者は480万人に上った。
1918年11月21日
21歳以上のすべての女性に被選挙権
1918年議会(女性資格)法(Parliament(Qualification
of Women)Act 1918)が制定。21歳以上のすべての女性に、被選挙権が与えられた。同年の総選挙では17人の女性が立候補し、その中にはサフラジェットとして女性参政権運動に大きな影響を与えたエメリン・パンクハーストの長女、クリスタベル・パンクハーストもいた。
1918年12月14日
女性が参加する初の総選挙が実施
第一次大戦直後に実施された総選挙で、有権者数は1910年の前回に比べ4倍増となった。女性として初めて当選したのはアイルランドのシン・フェイン党から出馬したコンスタンス・マーキェビッツ伯爵夫人。ただし、シン・フェイン党は英国議会に登院することを拒んでいたため、マーキェビッツ伯爵夫人も登院していない。
今から
90年前
1928年7月2日
21歳以上の国民すべてに選挙権
1928年国民代表(普通選挙)法(Representation
of the People (Equal Franchise) Act
1928)が制定。男女を問わず21歳以上の国民すべてに選挙権が与えられた。これにより500万人近い女性有権者が新たに加わり、翌1929年に実施された初の「普通選挙」では投票者の52.7%が女性だった。
今から
60年前
1958年4月30日
一代貴族の創設で女性も上院議員に
1958年一代貴族法(Life Peerages Act 1958)が制定。一代貴族の創設が認められた。上院は男性の世襲貴族によって占められていたが、一代貴族の創設により女性も上院議員になる道が開かれた。ナンシー・アスターの子であるアスター子爵は、一代貴族法の熱心な提唱者として知られる。1958年7月24日に、14人の女性上院議員が誕生した。
年表:政界の重職に就いた女性たち
1918年2月 | 30歳以上の一部の女性が投票権を得る |
---|---|
11月 | すべての女性が被選挙権を得る |
12月 | 総選挙にシン・フェイン党から出馬したコンスタンス・マーキェビッツ伯爵夫人が、女性として下院議員に初当選(登院はせず) |
1919年 | ナンシー・アスターが女性初の下院議員に |
1928年 | 21歳以上のすべての国民が選挙権を得る |
1929年 | マーガレット・ボンドフィールドが初の女性閣僚(労働相)に |
1958年 | 一代貴族制が創設され、女性の上院議員が誕生 |
1963年 | 女性の世襲貴族が上院への登院を認められる |
1979年 | マーガレット・サッチャーが女性初の首相に |
1987年 | ダイアン・アボットが黒人女性として初の下院議員に |
1992年 | ベティ・ブースロイドが初の女性下院議長(The Speaker of the House of Commons)に |
1997年 | アン・テイラーが初の女性枢密院議長(Lord President of the Council)・下院院内総務(Leader of the House of Commons)に |
2006年 | ヘレン・バレリー・ヘイマンが新設された上院議長(The Speaker of the House of Lords)に |
2016年7月 | テリーザ・メイが2人目の女性首相に |
エリザベス・トラスが初の女性司法相(Secretary of State for Justice)・大法官(Lord Chancellor)に |
参政権を求めてデモをする女性たち
Vote 100 イベント紹介
女性の政治参加をテーマにした様々なイベントが、一年を通して英国各地で開催されるVote100。ここでは、ロンドンで行われる4つのイベントをピックアップしてご紹介。Vote100のサイトには、ほかにも興味深いイベントが更新されているので要チェック。www.vote100.uk
当時の写真や貴重なアーカイブがそろう
Voice & Vote:
Women's Place in Parliament
女性参政権論者や女性議員たちが、かつてどのような立場にあり、どのような扱いを受けていたか、そして、いかにして現在の権利を勝ち取ったかなどを、ほかでは見ることのできない、議会ならではの歴史的なコレクションを通して紹介。当時の写真や貴重なアーカイブの数々に加え、女性議員たちが利用していた部屋の再現などもある。女性が下院公聴席への入室を禁止されていた時代に、屋根裏部屋をあてがわれていた事実や、女性議員の部屋が「墓地」と呼ばれていたことなど、驚きのエピソードをインタラクティブな方法で見せる。
2018年6月27日(水)~10月6日(土)
無料
Westminster Hall
3 St. Margaret Street, London SW1P 3JX
Tel: 020 7219 3000
www.parliament.uk
映画「未来を花束にして」も上映
Women and the Hall
ロイヤル・アルバート・ホールで「ウィメン・アンド・ザ・ホール」と題して3カ月にわたり開催されるフェスティバル。コンサートからトーク、パフォーマンスまで様々なイベントがあるが、3月26日には、女性参政権をテーマにした映画「未来を花束にして」を上映。終了後、パネル・ディスカッションも行われる。同映画の監督サラ・ガブロン、プロデューサーのサラ・オーウェンとフェイ・ウォード、そして女性社会政治連合(WSPU)の創設者エメリン・パンクハーストの曾孫で、自身も社会運動家のヘレン・パンクハーストなどが参加する。
フェスティバルは2018年4月26日(木)まで
ほかのイベントの詳細はサイトを参照
Royal Albert Hall
Kensington Gore, London SW7 2AP
Tel: 020 7589 8212
www.royalalberthall.com
ロンドン東部の草の根運動が分かる
Making Her Mark:
100 years of women's activism in Hackney
ロンドン東部ハックニーに暮らす女性たちが、地元コミュニティーのために起こした草の根運動の100年の歴史を紹介するエキシビション。移り変わる時代の中で、女性たちは教育、労働者の権利、福祉、家庭内暴力など、常に暮らしに密接にかかわる問題に取り組んできた。このイベントは、ロンドン東部における女性の歴史を研究する、イーストエンド・ウィメンズ・ミュージアムと共同で開催される。
2018年2月6日(火)~5月19日(土)
無料
Hackney Museum
1 Reading Lane, London E8 1GQ
Tel: 020 8356 3500
https://hackney.gov.uk/museum
参政権運動について学ぶなら
At Last!
Votes for Women
サフラジェットと呼ばれた戦闘的な女性社会政治連合(WSPU)、穏健派の女性参政権協会全国連合(NUWSS)、そして女性自由連盟(WFL)など、参政権を求めて活動した女性団体が、どのような戦い方をしていたか、各団体の特色を知ることができるエキシビション。会場であるLSE(ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス) のウィメンズ・ライブラリーは、女性に関する歴史や社会学についての多くのアーカイブやコレクションがそろうことで知られる。
2018年4月23日(月)~8月31日(金)
無料
LSE Library
10 Portugal Street, London WC2A 2HD
Tel: 020 7955 7229
www.lse.ac.uk/library