世界各国から移民が押し寄せる英国では、国会やニュース番組などの政治的話題を扱う場において、移民問題が論じられない日はない。その中で究極の移民政策である「移民排斥」を掲げるのが英国国民党。「極右」「ファシスト」「人種差別主義者」として各方面からのバッシングを受け続けるニック・グリフィン党首に、英国ニュースダイジェストがインタビューを敢行した。 (取材・文: 長野雅俊 写真: Maiko Akatsuka)
Public Enemy No1 英国で一番の嫌われ者
テーブルを挟んで目の前に座っているのは、恐らく英国内で最大級に忌み嫌われている男だ。ロンドン郊外ロムフォードの駅前から、タクシーで5分ほどの場所にあるパブの店内。「今日は党員たちと一緒に街頭に出て、ビラを一日中配っていたからね。汗かいたり雨に降られたりで、シャツもこんなによれてしまった」と言って照れ笑いを浮かべる姿を観察しながら、頭の中で彼の経歴についてもう一度整理する。
まず、過去3度にわたって起訴されている。罪状は主にユダヤ系、そしてイスラム系の人種に対する中傷的な発言または記述を理由とするものだった。そのうち一度は有罪判決を受け、9カ月の懲役刑に。また2007年11月にオックスフォード大学において開催された、ナチス・ドイツによるユダヤ人虐殺の存在を否定する歴史作家との討論会に参加して物議を醸した事件はいまだ記憶に新しい。何よりも、彼が率いる英国国民党(BNP)は、移民排斥を政治方針として掲げてきた極右政党。長年にわたって同党への鋭い批判を繰り広げてきた政治誌「Searchlight」のジェリー・ゲイブル編集長によれば、「ニック・グリフィンを始めとするBNP党員たちの正体は人種差別主義者。政党としての体を成しておらず、むしろマフィアに近い集団」という。
一方で、英国には彼を支持する者たちが少なからず存在する。党員数は一時期6000人以上に達した。2005年に行われた総選挙では、国会の議席獲得には至らずも、全国合わせて約20万票を得ている。それどころか、人種差別発言をめぐる公判を終えて裁判所から出てくる彼を、拍手やガッツポーズで出迎えた人々さえいる。隣のテーブルでビールのグラスを傾けていたかと思うと時折、インタビューしている我々をデジタル・カメラで撮影している強面の党員たちも、きっと 「お出迎え」に出掛けたに違いない。
視線をグリフィン党首に戻すと、パブの店員にガーリック・ブレッドを注文し終えたところだった。
外国人労働者なんて必要ない
30歳の時の事故が原因で失明した左目には義眼が入っている
英国への移住者数は、正式に登録されたものだけで1年間に約47万人(OECD調べ)。外国人選手ばかりが上位を独占するようになったテニスの世界選手権にちなんで「ウィンブルドン現象」とまで呼ばれた英国の経済システムは、外資系企業と外国人労働者の貢献によって大きく発展したと喧伝されてきた。
「そのような見方には賛成できませんね。自由市場がきちんと機能することに加えて職業訓練の機会さえしっかりと確保できれば、滅多なことでは労働者不足には陥らないはずなのです。働き手が少なければその業界の賃金が上がり、そうすればより高い賃金が得られる業界へと職業訓練を経た人材が流れるという形で、需給関係のバランスはある程度は取れるはずですから」。ただ、国内では確保しきれない人材が必要だったからこそ、英国は移民の受け入れを行ってきたのではないだろうか。「非常に限定的な範囲における技術、例えば英国では決して習得できない高度な知識を持った科学技術者の招聘といったものにまでは我々は反対しません。でも鉛管工として働いてもらうために、ポーランドやその周辺国からわざわざ移民を呼び寄せなければならない理由はないわけです。そもそも移民労働者を受け入れる条件として政府が指定している「技術職」のほとんどは、英国人の労働力で賄えるはず。「技術職」なんて言葉は、外国人移民を低賃金で働かせて、英国民に適切な賃金を払わずに済ませるための口実でしかないのです」。そう言って、また食べ物を素早く口に入れ込んでからこちらを見据える。
模範とするのは排他的な日本の移民政策
外国人移民を低賃金で働かせることで、英国が経済的な恩恵を受けているという構造は確かに存在するだろう。だが現実問題として、その「低賃金で働く外国人移民」がいなくなってしまったら、ただでさえ高いロンドンの物価はどれだけ上昇してしまうのだろうか。「結局、何を優先させるかという問題だと思います。これまで政府が優先してきたのは、目先の利益ばかりを追う、資本主義という名を借りた拝金主義です。でも長期的な視点から見た場合、英国固有の文化を守り、英国人の生活環境を守るために移民の流入は厳しく制限する必要がある。日本だって、そうしながら今まで経済成長を遂げてきたじゃないですか」。
日本人には少し意外に聞こえるかもしれないが、極右政党として恐れられるBNPのマニフェストの1ページ目には、「民間会社の競争力と国内資本を合致させた日本を始めとするアジア諸国の経済モデルを模範とする」との一文がある。さらに言えば、その「排他的な」移民制限は、BNPにとっての鑑(かがみ)にさえなっているのだ。「日本の厳しい制限政策は、非常にシンプルかつ理にかなったものだと思います。緩やかな少子化問題に悩んでいるかもしれませんが、それでも大量で急激な移民の受け入れに比べたらずっとましでしょう。だからあなたたちは世界経済の中心にいながらにして、独特の国民性を保ったままでいられる」。
BNPに限らず、欧州のメディアが日本の入国管理を「排他的」であると表現することは多い。だから彼らが日本の経済モデルと移民制限策を模範として掲げても、なんら不思議はない。ただグリフィン党首から政策論を聞いているだけでは、何だか釈然としない思いばかりが残る。本当に知りたいのはBNPの移民政策ではなくて、彼らが生来的に持っているとされる人種差別主義についてだからだ。
仮面を被った人種差別主義者?
1999年に英国国民党の党首に就任して以来、グリフィン党首が果たした最大の功績とされるのが党の近代化だ。それまではあからさまな人種差別主義者の集団と見なされていた同党のイメージを刷新しながら、少しずつ一般層にまで支持を拡大してきたというのが彼の支持者たちによる見方になっている。そういった意味で、BNPから人種差別主義を排した政治家として彼を評価する声も一部にはある。
「人種差別とは、そもそもロシアの共産主義革命家レフ・トロツキーが政敵を悪者に仕立て上げるために編み出した非常に政治的な用語です」。グリフィン党首は時々、このように突然妙に理屈っぽい話し方になることがある。「ある特定の人種が、他の人種より優れているか、劣っているかを論じたら人種差別でしょう。でも自分たちの国における移民制度のあり方を論じることは人種差別ではない」。
ただ実際のところ、彼らの活動は「移民制度のあり方を論じる」以上のことを含んでいるようだ。2005年にはグリフィン党首がイスラム教を「邪悪で堕落している宗教」と表現している模様をBBCの潜入取材がスクープ。2006年12月には「ガーディアン」紙が、BNPの活動に携わる際には名前を偽るよう、BNP幹部が同党党員らに対して指示していると報じた。
今だって、彼らの人種差別的な一面をこの目で確認することはできる。同党の機関紙「The Voice of Freedom」の2007年11月号を例に取ってみよう。ここには英国のてんとう虫が、アジアから漂着した別種のてんとう虫に駆逐されようとしている状況を嘆いた記事が掲載されているのだが、このアジア生まれのてんとう虫の写真には「不必要な移民」というなかなか不愉快なユーモアを交えた見出しがついている。先述したBBCの潜入取材において、BNP党員が「パキ(南アジア出身の人々への蔑称)を撃て」と発言した件についてグリフィン党首に直接問い詰めると、微笑を浮かべながら「もうちょっとソフトな言い方だったよ」 と余裕たっぷり。さすがに背中に軽く寒気が走った。
さらに取材班は、2004年11月にグリフィン党首の下で制定されたBNP規約を入手した。その第1部「政治目的」の欄に記された第2条の(b)―「英国国民党は、英国民の国民性と民族性を守るため、英国人と非欧州圏の人々との人種的融合をいかなる形態を以っても認めない。非白人の流入を防ぎ、1948年以前に英国に存在していた英国民の白人気質を取り戻すために全力を尽くす」。これはもう「移民制度のあり方」を超えて白人主義と呼ばれるものだろう。そうグリフィン党首に尋ねても「そんなものあったかな」ととぼけるだけだった。ちなみに同規約は昨年末に、BNPのウェブサイトから削除されている。
貧困問題と極右の関係
ここで一旦インタビューから離れて、BNPを始めとする英国の極右政党が支持を集める背景について考えてみたい。極右政党の存在は、地方労働者を取り巻く貧困問題と密接に関連しているとよく言われる。その典型的な例とでもいうべき事件が、2001年7月にイングランド中部ブラッドフォードにおいて白人系とアジア系の若者間で繰り広げられた暴動だ。この地域ではかつて繊維産業が勃興したためにアジアからの移民が殺到した。しかし1970~80年にかけて同産業が衰えていくと多くの工場は閉鎖し、失業者が続出。次第に職口や福祉手当の配分をめぐって異なる民族間の対立が深まるようになり、やがて暴動へと発展した。同様の 歴史的背景を理由とする暴動事件は同じく2001年にイングランド北部オールドハム、そしてバーンリーでも発生。そしてこれらの都市ではBNPに対する支持が高くなる傾向にあり、特にオールドハムは、2001年の総選挙でグリフィン党首が出馬し、6500強の票を獲得した場所でもある。
後日「Searchlight」のゲイブル編集長に、この現象についてさらに詳しく話を聞いた。「1980年代のマーガレット・サッチャー政権で英国の労働市場と教育制度が大幅な自由化を遂げて以来、国内の労働力のバランスは崩れ、地方の産業は競争から取り残されていくようになりました。だから、地方の若者が低賃金の単純労働にしか就けなかったり、失業にあえいだりしているという問題があるのは確かに事実なのです。けれども労働党、保守党、自民党という主要3政党は主に都市部の中産階級に絞って選挙運動を展開しているから、地方の労働者たちは自分たちが取り残されてしまったかのように感じている。そういった層が、移民さえいなくなれば本来の生活を取り戻せるというBNPの主張に呼応しやすくなっているのかもしれません。もちろん、地方の貧困問題というのは、移民を排斥すれば片付く問題ではないのですが」。
グリフィン党首は極右のエリート
話をグリフィン党首に戻す。貧困問題を抱えた地方労働者を支持基盤とするBNPの中で、同党首が持つ経歴は異質だ。生まれはロンドン北部のバーネットで、自他共に認める中産階級の出身。ケンブリッジ大学で歴史と法律を学んでいる。「両親が共に保守党員だったのです。だから物心ついた時から親と政治について話していましたね。でも当時の保守党は左翼がかっていて馴染めなかったので、15歳の時に国民戦線と呼ばれる右翼政党に入ることを決めたのです」。
若かりし頃の彼は、どうやって極右思想に惹かれていったのか。「当時の保守党員たちは内緒話をするようにひそひそと「おい、移民をどうにかしないと俺たち困るぞ」と言いながら、公の場に出ると「これからの時代は多文化主義でいきましょう」と話しているような人ばかりだった。いわば偽善者です。でも国民戦線では党員が素直に理想を語り、かつ現実主義を貫いているように思えたのです」。グリフィン党首は「多文化主義」そして「偽善」の2語を盛んに口にする。
「昔、イングランドの片田舎で暮らしていた時があっ たんです。海岸が近くて、英国らしさに溢れた小さな町ですよ。そこの学校がある日突然、七面鳥やろうそくを用意して祝う、英国の伝統的なクリスマス行事を禁止するという決定を出した。近所に別の宗教を持つ住人がいるからというのが理由でした。それで翌年から多文化主義のクリスマスになって、七面鳥の代わりにインド料理が出ることになった。何だそれって思いますよね。今まで現地で代々何百年と住んできた伝統的な家族が、他の宗教を持つ移民が近所に住んでいるからという理由で自分たちのクリスマスを祝えないんですよ。こんな片田舎まで多文化主義のイデオロギーに支配されるべきではないと決意して、BNPに移って政治活動を本格的に始めました」。
英国人の建前と本音
グリフィン党首は多文化主義を「建前」とか「全体主義」と呼んで激しく非難する。でも本当のところ、彼はその建前の重さに気付いているはずだ。だからこそ党の近代化と称して、BNPが持つ人種差別的なイメージを少しずつ削ぎ落とそうとこれまで努力してきた。
ここに一つ、興味深いデータがある。市場調査会社「YouGov」が実施したアンケートなのだが、「難民の受け入れを厳しく制限する」といった政策を、一つのグループにはBNPの政策、もう一つのグループには保守党のそれとして意見を募った。すると回答者は、実際は全く同じ政策を見ているにも関わらず、「保守党案」をより多く支持したというのだ。英国人の「建前と本音」が透けて見えるエピソードである。
グリフィン党首が、多文化主義の弊害について語り続ける。「これだけ無責任に移民を受け入れていたら、人種差別は絶対に生まれる。そもそも移民を差別する感情は、人間の本性みたいなものです。でも英国民はそういった感情を絶対に表には出さない。人種差別主義者と呼ばれるのを恐れているからです。この国では、多文化主義と言われたら絶対に逆らえないような空気が存在しているから、皆が一斉に凍り付いてしまう。でも、私はその空気を恐れない」。偽善に打ち克ち、BNPの「移民政策」を実行するためであれば、再び刑務所に戻ることになっても構わないという。
グリフィン党首の言うように、英国人は建前だけで我々のような移民たちと接しているのだろうか。そして心の奥底では、「多文化主義」に対して強い反発を感じているのか。これらの問いに対する一つの回答として、既に71歳になったという「Searchlight」のゲイブル編集長が寄せてくれたコメントを最後に紹介しよう。「どんな人にとっても、異なる人種に対しての偏見を完全に取り払うということはなかなか難しいでしょう。でもだからといって、あなたが人種差別主義者にならなくてはいけないわけではない」。