セレブリティー・シェフと呼ばれる人気料理人も続々登場している近ごろでは、英国料理の質はずいぶん上がったと言われています。ただ「英国の料理」といっても、私なぞ、この地に来るまでは英国人がどんなものを食べているのか、ほとんど未知の世界でした。住んでみて知ったのは、この国にも様々な伝統料理や、地方で生まれた料理やお菓子など、見事な食のバラエティーがあるということ。この連載では、皆さんもご存知の人気のお菓子や、もしかしたらまだ試したことのないような料理まで、たくさんの「英国の味」をご紹介したいと思います。
イートン・メス
Eton Mess
さて、第1回は、英俳優エディ・レッドメインのアカデミー賞受賞を記念して、「イートン・メス」はいかがでしょう。どうしてレッドメインと関係があるかというと……そう、「イートン」とはご想像の通り、彼を始めウィリアム王子やデーヴィッド・キャメロン首相など、各界の著名人を多数輩出している名門パブリック・スクール「イートン・カレッジ」を指しているのです。
初めてこの名前を聞いたときは、一体これがどんな食べ物なのか、いえ、食べ物かどうかすら分かりませんでした。で、実際にどういうものかというと、イチゴとメレンゲとホイップ・クリームを混ぜ合わせたデザートなんです、これ。
よく見聞きするのが、「6月に開催されるイートン校対ウィンチェスター校(ハロウ校と言われる場合もあり)とのクリケットの試合でこのデザートが必ず供された」という説。また「同校のオープン・デーで、興奮したラブラドール犬がバスケットの中に入っていたストロベリー・パヴァロヴァ(メレンゲでできたケーキ)を踏みつぶしてできた」などという、どう考えても「作ったでしょ、それ」という話もあるらしい。
1995年に発行された「Recipes from the Dairy」という本に掲載されている解説によると、1930年代にイートン校の売店でイートン・メスが販売されていたとのこと。ただし、同書の著者がイートン校に調べてもらったところ、正確な由来やレシピなどの記録は残っていないのだそうです。
左)本書によれば、元々はイチゴだけでなくバナナのバージョンもあったという。
右)イートン校は現在建築工事中のため、残念ながら観光客の訪問は不可となっている。
ちなみに、「メス」はこのデザートの見た目が「ぐちゃぐちゃ」なのを示しているというのが通説だけれど、「オックスフォード英語辞典」によれば、英語の「mess」にはほかに「どろっとした食べ物(A portion of semi-liquid food)」といった意味もあり、元々の呼び名はそちらからきているのかもしれません。ただ「イートンのぐちゃぐちゃ」と思う方が、ポッシュな学校とのイメージのギャップが楽しい気がするし、単に「イチゴとメレンゲ、クリームのミックス」と呼ぶよりは興味をそそりますよね(食欲をそそるかどうかは別ですが)。
ところで、私が英国で初めて食べたイートン・メスは、実は自分で作ったものだったという、思えば大胆な初体験でした。ある初夏の週末、友人を食事に招いたときに「簡単で失敗のないデザートを」という我ながら単純すぎる思い付きで挑戦。幸い英国人にも大好評。それ以来、何度これを作ったことか。それにしても「イチゴを食べやすい大きさに切り、ホイップ・クリームと崩したメレンゲをぐちゃぐちゃするだけ!」だなんて、こんなに「作る人フレンドリー」なデザートがほかにあるでしょうか。とはいえ、問題はどう考えても「洗練」からはほど遠い見た目(英国らしいといえば、これほど「らしい」食べ物もないとも言えますが)。お客様に出す際には、ヴィンテージのデザート・グラスなどに盛りつけて、飾り用にとっておいたイチゴを数片上に散らし、ミントの葉を載せるなどの気配りをお忘れなく。
イートン・メスお手軽バージョン(4人分)
材料
- イチゴ ... 400g
- カスター・シュガー ... 大さじ1
- オレンジ・ジュース ... 大さじ1
- ダブル・クリーム ... 150ml
- メレンゲ(市販の直径7.5cmサイズ。約40g) ... 3個
作り方
- イチゴを各4分の1くらいの大きさに切る。
- ❶にカスター・シュガーをまぶしてオレンジ・ジュースを回しかけ、しばらく置く。
- ダブル・クリームを角が立つ程度に泡立てる(あまり固くなりすぎないほうがおいしい)
- 飾り用のイチゴを脇によけ、それ以外のイチゴをクリームに投入し、メレンゲを手で細かくつぶしながら加え、全体をさっくり混ぜ合わせれば出来上がり
*イートン・メスは「作る人の数だけレシピあり」というほどそのバリエーションが豊富です。何度か作って自分好みのバランスを見つけてください。
memo
英国ではイチゴは年間のフルーツ消費量第4位にランクするほど人気の果物ですが、旬以外に出回っているスペインやモロッコ産のイチゴでは、やっぱり味気ない、というか味がない……。PYO(Pick Your Own)でつやつや熟れ熟れを摘んでくるのが一番ですが、無理な場合にはM&Sが英国の生産者から仕入れているイチゴがお勧めです。