ヘバ・ケーキ
Hevva Cake
「マミ、まだ英国料理の研究と執筆は続けているの?」
久しぶりに義両親を訪ねると、義母に聞かれました。「もちろん! 今日はまた何かいいレシピを教えてくれる?」と身を乗り出す私に、「この間、友人のジューンのところでお茶をしたとき、初めて食べるお菓子を出してくれたの。マミが絶対興味あるだろうと思って、レシピを聞いておいたし、良かったらジューンが話を聞かせてくれると言っていたわよ」。そう言って義母が手作りしておいてくれたのが「ヘバ・ケーキ」。これは、ジューンさんの出身地、コーンウォール地方に伝わるお菓子だそうです。
「ケーキ」と名付けられているものの、実際に食べた印象はショートブレッドにそっくり。口に入れた途端にほろほろと溶けるようにくずれる食感は、まさに紅茶にぴったりの焼き菓子です。
義母が電話で話してくれたためか、翌日、ジューンさんがわざわざお手製のヘバ・ケーキを持って訪ねて来てくれました。義母のものとさほど変わりはありませんでしたが、上に散りばめた砂糖の量はジューンさんのものの方が若干多く、その分、歯ざわりと甘みがしっかり感じられました。ジューンさんによれば、レシピは各家庭に受け継がれているもので、分量や中に入れるドライ・フルーツはそれぞれ違いがあり、どれが正統と言えるものではないとのこと。そして、「マミはレシピだけではなくて、お菓子の由来や歴史も知りたいって聞いたから、改めて調べてきました」と、初めて会ったにもかかわらず、まるで義母と同様のフレンドリーさで、ヘバ・ケーキの話をしてくれたのです。
それによると、このケーキはコーンウォールでの鰯(いわし)漁のときに食べられていたものに由来しているのだとか。「ヘバ」とは、コーンウォールの言葉で「ヘビー(heavy)」の意味。
漁船で海へ漕ぎ出した漁師たちの手助けをするため、数人の妻が崖の上から鰯の群れを探します。そして、見つけたら「ヘバ、ヘバ」と叫んで、漁師たちに合図をするのだそうです。それに応えるように、今度は漁師たちが漁網を引きながら「ヘバ、ヘバ」。そして、彼らが魚を捕まえたら、漁師の妻たちは急いで家に戻り、お腹をすかせて漁から戻ってくる夫たちのために、このケーキを焼くのだと言います。
「上に網目模様があるでしょう? これは漁網を表しているのです」。
なるほど。網目が漁網だとしたら、ケーキに混ぜられた干しぶどうのつぶつぶが鰯? それなら干しぶどうをたくさん入れれば大漁の印かな、と冗談めかして聞くと、ジューンさんは「それは分からないです。実は幼いころから食べていて、自分でもよく作っていたけれど、ヘバ・ケーキの詳しい歴史は知らなかったの。だから今回、マミのために調べてみて、私も勉強になりました。日本の読者の方が喜んでくれるといいけど」と笑って答えてくれました。
ヘバ・ケーキの作り方(約15切れ分)
材料
- 小麦粉 ... 200g
- バター ... 100g
- カスター・シュガー ... 50g+少々(上からかける分)
- サルタナ(カランツ、レーズンでも) ... 100g
- 牛乳 ... 50ml(生地の具合に合わせて増減させる)
- 塩 ... 少々
作り方
- 小麦粉にバターを混ぜ、そぼろ状になるように指先で混ぜる。
- ❶にカスター・シュガー50gと塩、サルタナを加えよく混ぜる。
- ❷に牛乳を加え、生地を練る。
- ❸をクッキング・シートを敷いた天板に載せ、約1cmの厚さに伸ばす。
- ❹の上面にナイフなどで網目模様の切り込みを入れる。
- 170℃に余熱したオーブンで約30分程度焼く。表面がきつね色になったらオーブンから取り出す。
- 上からカスター・シュガーを全体に振りかけ、少し冷めたら一口大に切って出来上がり。
memo
コーンウォールを舞台にしたBBCの人気ドラマ「ポルダーク(Poldark)」で、赤ちゃんの洗礼式に行くとヘバ・ケーキを食べられる、と登場人物が言う場面が登場していた、と義母が教えてくれました。私はこのドラマは観たことはないのですが、皆さんはヘバ・ケーキの名前が出てきたのに気付かれましたか?